「ヘルステック」は人間の行動習慣を変えられるか

 昨年3月に40歳になってから、自身の年齢を意識させられる機会が増えました。「若手経営者」と呼ばれていたのはいつの日のこと、身体の代謝も年相応になり、すっかりお腹周りの脂肪が気になる一介の「中年経営者」となりました。

 そんななか、年始の「2017年は変化と挑戦の一年にする」という決意を実践すべく、人生初となる本格ダイエットに挑戦してみました。活用したのは、話題の「ヘルステック」のスマホアプリ。通称「ダイエット家庭教師」の登場です。開始は2017年1月4日、期間は2ヶ月。照準を2月26日の東京マラソンに定め、5kgの減量を目標としました。 

 ヘルステックは「ヘルスケア×テクノロジー」の略語であり、フィンテック(金融×テクノロジー)と並び、保険業界でも注目を集めている分野です。リストバンドタイプの機器やスマホなどを通じて健康データを収集し、分析結果を保険料に反映する仕組みを構築すべく、多くの企業が取り組んでいます。

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 もっとも、私自身はテクノロジーがどれだけ進化しても、人間の基本的なビヘイビアー(行動習慣)を大きく変えることは難しいのではないかと考えています。経済的な報酬をちらつかされたくらいで、怠惰な我々が突如食事を節制し、早朝ランニングに打ち込むストイックな人間に変身するとでもいうのでしょうか。

 一方で、新しい技術がヘルスケアに大きな影響を与える可能性を秘めていることを否定するつもりはありません。そこで今回は自らが被験体となり、ヘルステックのフロンティアを体験してみることで、新規事業へのヒントを得たいと思ったわけです。

女性管理栄養士の叱咤激励

 スマホアプリの仕組みは極めてシンプル。毎朝夜、体重計の写真と共に体重を入力。朝昼晩の食事を、写真とテキストでアップロード。すると、担当の管理栄養士が食事に対する5点満点の評価と、各種アドバイスをチャット形式で返してくれる。毎朝飲むサプリメントと酵素ドリンクもあったのですが、こちらはプラシボ効果に過ぎなかったような気がします。2回のプチ絶食もプログラムに含まれていたのですが、今回は忙しくてパス。

食事内容を送ると、評価やコメントをくれる

 結果から述べると、ダイエットは大成功。ここしばらく68kg台で推移していた体重を、目標だった63kg台に減らすことができました。甲斐あって、2月末の東京マラソンも4時間30分53秒の好タイムで完走。最後の2.195キロを11分と最も速いラップで駆け抜けることができたのも、5kg近い荷物を身体から降ろして走ることができたからでしょう。

東京マラソンを好タイムで完走 ©getty

 ふり返ってみて、2ヶ月で思い通りのダイエット効果を得られた勝因は何だったのでしょうか。

 まずは、辛いはずのダイエットを、管理栄養士さんとのコミュニケーションとして楽しむことができたこと。「野菜をもっと多く摂ってください」「肉が多いのでそろそろ魚を」との指示に従い、お昼はオフィス近所に玄米野菜弁当を買い出しに行くなど、選択可能な限り指導に沿った食事を選ぶようになりました。また、「間食も私には隠さないでアップしてくださいね★」とのメッセージを年下の女性から受け取ってしまった以上、内緒で15時のおやつを食べるわけにはいかない。約束を守りたい、嘘はつきたくない、見栄を張りたい。人間の根本的な欲求に訴え続けられたことが、洗練されたテクノロジーそのものよりも、確実な成果を導いた立役者であるような気がします。

 次に、三食バランスよく食べる、野菜から順に食べるなど、正しい食習慣を教わり、それが日々の生活に少しずつ定着していったからだと思います。「魚を与えるのは一時の救い、漁を教えるのは一生の救い」といった趣旨の格言がありますが、付け焼き刃のスパルタ式ダイエットではなく、食習慣改善の漢方薬といった色合いが強いプログラムでした。アプリのインターフェイスが使いやすく、日々の生活に負担にならないことも重要だったと思います。

 さらに、写真を撮って投稿し、それに対してフィードバックを受けるという一連のプロセスを通じて、自分が体内に摂取しているものと、自分の身体に対する感性が著しく高まりました。本能と欲望に基づいて選び続けた食生活を後から写真を通じて見せられると、ぎょっとさせられるものがあります(ラーメンなどの炭水化物や揚げ物が多くなりがち)。自らの手で毎朝体重計の写真を撮り続けた結果、乗る前から身体の感じで「今日は64.7くらいかな」と小刻みで自分の体重を予想できるようになりました。最近では数値がスマホに自動転送される体重計もあるそうですが、私は手を動かすアナログなモデルの方が「体重を身体に覚え込ませる」という観点からは有効だと思います。

先端テクノロジーよりも大切なもの

 このように書くとダイエット家庭教師を礼賛しているだけの文章になっているので、ここで種明かしをしましょう。上記に加えて、今回の私のダイエットが成功した背景には、2つの特殊事情があると考えています。

 ひとつは、昨年後半に走った直近のマラソン2大会が、体重オーバーであまりに苦しかったこと。多くの観衆が見守る東京マラソンで、あのような思いは絶対にしたくない。そんな恐怖心に近い感情が日々の生活改善に影響を与えたことは否めません。

 もう一つは、担当の管理栄養士をはじめ、サービス運営者の皆さんと直接面識があったこと。大学の後輩が社長をやっているこのアプリ提供企業、年末にダイエットの相談がてら会社訪問をしたときに、社員の皆さんを紹介頂きました。顔が見える関係であれば、なおさらカッコ悪いところを見せるわけにはいかない。ここでもやはり「人間関係」と「見栄」が大きなドライバーとなったような気がします。

 このように考えてみると、人々の生活習慣にメスを入れんとする「ヘルステック」の成功の秘訣は、洗練された先端テクノロジーそのものよりも、どこかアナログでプリミティブな感覚が残っていてもいいので、人間の本能的な欲求に適切なひっかかり、余韻を残せるサービスなのではないか。そんなことを、私はダイエット家庭教師とのやり取りを通じて、改めて感じました。

(構成=田中瑠子)