米国カリフォルニア州において、一九七六年六月から一九八六年五月までに少なくとも十三人を殺害し、五十人以上を強姦。さらに百件以上の強盗を行なっていたシリアルキラーがいた。だがそれらの事件がすべて、たった一人の男によってなされたと明らかになったのは、二〇一八年四月、容疑者である当時七十二歳のジョセフ・ジェイムズ・ディアンジェロの逮捕が発表されたときだ。
それまでディアンジェロの起こした事件は地域ごとに「バイセリア・ランサッカー(こそ泥)」「EAR(イーストエリアの強姦魔)」「オリジナル・ナイトストーカー」と異なるニックネームがつけられていた。ところが二〇〇一年、DNA型鑑定によりEARとオリジナル・ナイトストーカーが同一人物であると判明。二〇一三年にこの一連の事件の犯人を『黄金州の殺人鬼』と名付けたのが、ミシェル・マクナマラだった。
ミシェルはコメディ俳優パットン・オズワルトの妻であり、幼い娘の母であった。彼女は思春期の頃に近所で起こった殺人事件の現場で、落ちていた遺留品を偶然拾う。このとき体に電流が走るように、未解決事件への情熱に火がついたという。二〇〇六年にウェブサイト「トゥルー・クライム・ダイアリー」を立ち上げ、様々な記事をアップしながら、当時まだ未解決事件だった黄金州の殺人鬼の捜査を独自に進めてきた。
翻訳を手がけた村井理子さんによれば、米国には黄金州の殺人鬼専門のコミュニティサイトがあり、そこに集う通称“DIY刑事(デカ)”たちによって事件にまつわる情報交換がなされているのだという。
その一人だったミシェルは本書で「事件を解決できる可能性があるように思えた」と、こともなげに綴っている。確かにページをめくるたび、彼女は凄まじい集中力と、執念と呼ぶにふさわしい気迫で犯人に近づいてゆく。ミシェルという語り部により、事件で犠牲になった者たちの人生に触れながら、犯人を追い詰める旅はまだ続く……そう思っていた読者は突如、深い喪失を味わうことになる。
二〇一六年四月、ミシェルは本書を最後まで書き上げることなく就寝中にこの世を去った。しかし、物語はここで終わらない。
夫のパットンが、ミシェルのDIY刑事仲間たちに執筆の続行を依頼。遺稿と彼らの追加調査をまとめあげ、二〇一八年二月、米国で原書が刊行された。
その二ヶ月後にディアンジェロが逮捕されたのは、奇しくもパットンらによる刊行記念のトークイベント終了直後のことだった。
「おまえを殺して、俺は闇に消える」
ディアンジェロはかつて、被害者の一人にこう言った。
闇があるところには必ず光がある。本書はディアンジェロに光を当てたミシェルの物語だ。
Michelle McNamara/作家、犯罪ジャーナリスト。『黄金州の殺人鬼』と自ら名付けた連続殺人・強姦犯を長年にわたり独自に調査。本書執筆中の2016年、46歳の若さで急逝した。
たかはしゆき/1974年、福岡県出身。フリーライター。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『つけびの村』などがある。