「文藝春秋」12月号の特選記事を公開します。(初公開 2019年11月21日)
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「実は、髪を切ってもらっている間、私は『もう緩和ケアでいいかな』って思っていたんです。とにかく舌が痛くて、お水も飲めないし、よく眠れてなかった。もうこれ以上、手術を受けて痛い思いをするのは嫌だ。緩和ケアで痛みから解放してもらえば、自分の命はもういいかなって」
「所見でステージⅢ、リンパ節転移が認められたらⅣ」──大学病院の医師から告知を受けた直後、立ち寄った美容院で彼女はそんなことを考えていたという。かかりつけ医や歯科医院で半年もの間「口内炎」だと言われ続けていた、痛くて痛くてたまらない出来物は、彼女が恐れた通り、「舌がん」だった。
舌の6割以上と首のリンパ節を切除
10月初旬、筆者は歌手でタレントの堀ちえみ(52)にインタビューする機会を得た。彼女は今年2月19日に公式ブログで舌がんに罹患していることを公表。舌の6割以上と転移のあった首のリンパ節を切除するとともに、残った舌根に太ももの皮膚や皮下組織の一部を移植する手術を受けた。
あれから8カ月。闘病の日々や家族との絆、復帰への思いを綴った著書『Stage For~舌がん「ステージ4」から希望のステージへ』(扶桑社)を出版。サイン会などの活動も再開した。歌手復帰に向けボイストレーニングも始めたが、まだ一部に発音しづらい音が残っている。にもかかわらず、彼女は疲れた表情を見せることなく、一語一語噛みしめるように、約2時間にもわたって話し続けてくれた。
「生きていても地獄」と呻くほどの痛み
彼女が打ち明けてくれたがんとの闘いの日々は、想像以上に過酷なものだった。術後3日間を過ごしたICU(集中治療室)で、「生きていても地獄」と呻くほどの痛みや顔と首の腫れに苛まれただけでない。以前のようにはしゃべれないどころか、最初はゼリーでさえ飲み込むことがままならない、新しい舌との格闘を強いられる日々が続いた。
さらに追い打ちをかけるように、退院直前に行った内視鏡検査で食道に腫瘍が見つかる。幸いステージ0の早期がんで、外科手術することなく内視鏡で取り除くことができた。しかし、病理診断の結果を待つ間、「あんなにつらい手術やリハビリに耐えたのに!」と、舌がんの告知の時より落ち込み、心が荒れたという。