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現代アート随一のお騒がせ集団「Chim↑Pom」を知っていますか

米国とメキシコの「国境」。アートでトランプ政策を考える

2017/03/11
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 アートは時代を映す鏡。現実の社会と深く結びついているものだとはよく言われる。その通りだと感じるけれど、「じゃ、どんなところが?」と問われると、わかりやすい実例がなかなか浮かばない。

 そう思っていたら、最良の例となる展覧会が始まった。東京・清澄白河にあるギャラリー無人島プロダクションでの、Chim↑Pom展「The other side」だ。

国境の壁を見下ろすツリーハウス

 アーティスト集団Chim↑Pomが今展でテーマに据えたのは、「ボーダー」。境界、国境線の意だが、いま話題のボーダーといえば、トランプ大統領が「壁を築く」と息巻く米国・メキシコの国境だ。じつはChim↑Pomが作品で取り上げているのは、まさにそのボーダー。メキシコ・ティファナとアメリカ・サンディエゴの国境沿いに滞在し、制作したアートプロジェクトがお披露目されている。

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 《LIBERTAD》より ©飯本貴子

  展名の「The other side」とは、メキシコ側のティファナに住む人たちが、米国側のことを表す呼び名からとっている。Chim↑Pomの面々は2016〜17年にかけて、ティファナ国境沿いにあるLibertad(リベルタ)地域に入った。そこには、さまざまな理由から米国を目指すも、入国を果たせない人たちが住み着いている。libertadはスペイン語で「自由」、英語でいうlibertyだ。

 Chim↑Pomはリベルタで、国境壁を自宅の壁に利用して暮らす家族と出会い、庭に生えている大木にツリーハウスを作らせてもらった。ハウスから眺めると、壁と米国側の大地が眼下に広がる。ちょうど、米国側の監視塔と向き合う格好となる。このツリーハウス自体とその設置過程を併せて、《U.S.A. Visitor Center》と題する作品が仕立てられた。ギャラリーの中心には小屋がどんと置かれている。その内部に入って、リベルタの環境を追体験できるようになっている。

《U.S.A. Visitor Center》 ©飯本貴子
《U.S.A.Visitor Center》より ©飯本貴子

ノーマンズランドに「自由」の墓をつくる

 ギャラリー内に置かれた《U.S.A. Visitor Center》の小屋内部から窓を覗くと、映像や写真、オブジェが見える。それらもリベルタで生まれた作品だ。《The Grounds》は、メキシコ側の国境沿いに穴を掘る過程が、映像などで記録されていく。そもそもリベルタには、不法入国を企てるためのトンネルがいくつか存在しているという。そうしたトンネルを新たに掘ってみようとの試みだ。掘り進めると、穴は実際に国境壁へと行き当たるのだった。

《The Grounds》 ©飯本貴子

 もう一つ、《LIBERTAD》と題された作品もある。このあたりには新旧二つの壁が平行して建っており、二枚に挟まれた地は、誰も立ち入りができず、「ノーマンズランド」と呼ばれている。ただし、近隣のメキシコ人にとってはごく身近な生活圏であり、ゴミを捨てたりもすれば、子どもが遊んでいるボールを飛ばしてしまい、こっそり拾いに行ったりすることもしばしばだとか。

 Chim↑Pomは現地の人たちとともに、ノーマンズランドへ分け入って、繊維強化プラスチック製の十字架、穴、スコップを設置した。十字架はそこが墓であることを示し、掲げられたプレートには「LIBERTAD」と書かれている。墓の主は「自由」というわけだ。人の行き来もままならない土地に、Chim↑Pomは墓をつくり、「自由」を埋葬したのである。

《U.S.A. Visitor Center》より ©飯本貴子

 展示には、墓を設置したノーマンズランドの写真が、大きく引き伸ばされて壁面に掛かる。広大で殺伐とした土地にぽつりと置かれたオブジェは、いかにも無力に映るけれど、小さいながらはっきりと視認できて存在感は保っているし、それがあることで風景の見え方が明らかに変化する。

 現地に置かれたのと同型の十字架、穴、スコップのオブジェも会場の隅に展示された。プラスチック製ゆえ重々しさのかけらもないけれど、その安っぽさが「自由」の現状を指し示しているようで、なんだか憐れみを感じてしまう。

片隅に置かれた《LIBERTAD》 ©飯本貴子

お騒がせアート集団が世の中を斬る

 Chim↑Pomは男女6人によるアーティスト集団で、日本の現代アート界随一のお騒がせグループとして知られる。活動歴はまだ10年余りだが、過激な作品によってアート界はおろか世間を騒がせたことは数知れない。原爆ドームの上空に飛行機雲で「ピカッ」との文字を描いた《広島の空をピカッとさせる》。渋谷駅前にある岡本太郎の壁画《明日の神話》脇に、原発事故に関する絵をゲリラ設置した《Level7.feat.明日の神話》。福島原発周辺の警戒区域に入り、放射能マーク入りの旗を掲げた《REAL TIMES》などなど。物議を醸し顰蹙を買ってばかりだけど、作品に触れた側が、いま世の中で起きていることをもう一歩踏み込んで考える契機になるというのも、間違いのない事実だ。

 今展にしても、会場でしばし作品群に見入れば、トランプ大統領が唱える「壁の建設」とは具体的にどんなことで、何を意味するのか。どんな場所でどういうことが起こり、人にどんな影響を及ぼすのか、これまでよりずっと実感を伴って理解できる。いくら良質な報道を大量に浴びたとしても、なかなかうまく掴めないところにまで、彼らの表現に触れると踏み込むことができるのである。

展覧会の入り口 ©飯本貴子

優れたアートは世の中を予見する

 しかも、だ。Chim↑Pomがこのプロジェクトを始めたのは、米国大統領選挙よりも前のタイミング。トランプ大統領が誕生し、米国とメキシコの国境がかくも注目を浴びるとは思いもよらなかった時期だった。

 彼らにかぎらず、優れたアートは、世の中を予見する。そうして、ふつうに情報に触れているだけでは得られない、「もう一つの見方」を提示する。

 美しいものを見せてくれる、というだけに留まらない。世の中を眺める角度を少し変えてくれる、アートにはそんな効用もたっぷり含まれている。

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