小学生も興奮“バントのコバちゃん”

「俺、菅野に拍手送るの人生初だわ」
「俺も坂本応援するの4年に1度だと思う」

 WBCが行われている東京ドームの客席では、阪神メガホンを手にした兄さんたちがそんな会話を交わしていた。今日だけは特別。憎き敵とも休戦。ちなみに俺の左隣に座っているのは山田哲人のヤクルトユニフォームを身につけたおじさん、右隣は赤いTシャツ姿のカープ女子だ。各々青や黄色や橙色のカラフルなユニフォームを身にまとった野球ファンは、日本代表チームに得点が入ると、この日ばかりは贔屓球団の垣根を越えてハイタッチの嵐。まさにWBCとはセンテンススプリング、「春の野球フェス」である。

 そんなスリリングな戦いの中で、一気に評価を上げているのが正捕手を務める小林誠司だ。ピンチのときは絶妙なタイミングでマウンドへ行き、投手を叱咤激励。打席では意外性の一発を放ち、懸命に送りバントを決めてみせる。 不思議なことに9番小林が犠打を決めただけで、通常のペナントレースで投手が二塁打を放つくらい球場は盛り上がる。帰りの総武線の中では、侍ジャパンマフラーを持った小学生が嬉しそうに「バントのコバちゃん!」を連呼するインパクト。

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3月10日の中国戦で勝ち越し2ランを放った小林誠司 ©Getty Images

 何て言うのか、超人的な一流選手が顔を揃える代表チームにおいて、小林の雰囲気だけは「普通の兄ちゃん」に近い。身体のサイズもそこまでデカくなければ、今年から坊主頭。ついでに代官山あたりのカフェの店員にいそうな正統派イケメン。だからコーチから説教されてる時にクロワッサン食っちゃったのか……じゃなくて昨年のペナントでは打率.204とセ・リーグ規定打席到達者で最下位独走。侍ジャパンの強化試合では拙守連発で解説席の古田から猛烈な批難を浴びた。もしかしたら、今回の代表選出で最も賛否があった選手がこの小林かもしれない。

27歳、入社4年目。若手社員はツライよ

 所属チームの巨人でも代表チームでも常に議論を呼ぶ男。例えば、2年前には開幕マスクを任せられるも、開幕7試合目にして一塁転向したはずの阿部慎之助が電撃捕手復帰。満身創痍のチームの大黒柱が再びマスクを被るということは、同時に小林の出場機会が失われることを意味する。酷な言い方をすると、首脳陣たちはたったの数試合で「今の小林は正捕手として力不足」と判断したわけだ。俺ならヘコむ。

「営業部を支えていたアベ先輩が他の部署に移る、その代役はおまえに頼んだ」なんて言われて、原社長とグータッチを交わしたのに、ほんの数日で「ゴメン、全然ダメ。やっぱあいつを呼び戻すから」と思いっきりダメ出し。二軍に行ったら監督から「投手が75球目に何を投げたか覚えてるか?」なんつって、クライアントの電話番号をすべて覚えろレベルの無茶苦茶なダメ出し。今オフにはようやく10歳上の阿部先輩と自主トレに行けると思ったら、バリカンで頭を刈られる始末。27歳、入社4年目。若手社員はツライよ。

 しかも巨人の場合は、キャプテン坂本以降の20代野手で長期的に一軍定着できた選手が小林以外にほとんどいない。さらに一軍レベルの若手捕手も小林のみ。どんなに孤独で批難されても試合に出続けなければならないハードな環境。巨人ファンの間でも背番号22を徹底的に擁護するか、ひたすらディスるかの両極端な雰囲気。死亡遊戯ブログで「正捕手になれなければ死ぬみたいな雰囲気だけど、打力のある捕手と併用か、2番手捕手としてでも生き残ればいいと思う」と珍しく正論を記事にしてもその喧噪の狭間にスポイルされちまう。なぜかみんな小林を巡り熱くなる。本当に不思議な男だ。

観客を圧倒するのではなく、共感させる捕手

 以前、本人にインタビューした際、高校時代に投手から捕手転向したときの率直な気持ちを聞くと「マジで僕が捕手やるの?という疑問しかなかったです」と爽やかに笑っていた小林。マジ俺かよ…から始まったキャッチャー人生は、10年後に日本代表の正捕手にまで成り上がった。小林もいつもデカイ仕事を任されちゃって色々と大変だな。ボスの小久保監督のハッキリしない選手起用にも振り回されて。俺らサラリーマンと似てるよ。どんな環境でも腐らず、タフに試合に出続けていつも静かに笑ってる。そんな若手社員に私もなりたい。阿部慎之助のように球場の観客を「圧倒」するのではなく、ファンを「共感」させる捕手。そう小林誠司の魅力は圧倒じゃなく、共感だ。侍ジャパンに出現した待望のラッキーボーイ。

 俺らはいつだってスーパースターに憧れて、ラッキーボーイに共感する。

 See you baseball freak……

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※「文春野球コラム ペナントレース2017」実施中。この企画は、12人の執筆者がひいきの球団を担当し、野球コラムで戦うペナントレースです。