「一番はじめは鴎外なんです」
伊藤さんは森鴎外の文体が好きで、鴎外が「阿部茶事談」をもとに史伝小説「阿部一族」を書いたように、「比呂美の『阿部一族』を書いてみたい」という思いをずっと持っていたそうだ。
「阿部一族」の舞台である熊本は、カリフォルニアと熊本を行き来する伊藤さんにとってなじみ深い土地である。さらに、その中で描かれる「切腹」は自身にとっての長年の関心事で、若いころ実際に人が腹を切る場面を見学するという稀有な経験もしている。
「だけどなかなか書き出せなくて。まず自分の興味からと、切腹を見たことから書き始め、タイトルも『切腹考』にしました。そこからもともと考えていた鴎外論へ入っていったら、だんだん自分が出てきちゃった。今度こそ自分のことは書くまいと思うんですけど、どうしても自分に刃を向けてしまうみたいです」
切腹マニアの、いうならばフェイクな死から始まる『切腹考』は、なにか呼び寄せられるように現実の死に近接していく。ISによる日本人の殺害が起こり、熊本は地震にも見舞われた。
「切腹にファンタジーを持っていたころに考えていた死と現実の死は違っていて。『死ってなんだっけ?』『家族ってなんだっけ?』『言葉ってなんだっけ?』『自分ってなんだっけ?』と考えるようになりました。過去を振り返り、なぜいま自分がアメリカにいるのかを書くことに。初めに考えた計画とはずいぶん違うところに行っちゃった感じですね」
連載中にイギリス人の伴侶を亡くした。
「連れ合いが危険な状態になったときは、しばらく書けなくなりました。長くお休みをいただいて、もう一度、書き始めるときも、やっぱり自分の目の前にあることを書くしかなかった」
章ごとにがらりと書き方が変わる。「切腹ポルノ」として書くつもりだった「比呂美の『阿部一族』」は「阿部茶事談」の直訳へと変更された。鴎外の文章の押韻の美しさを指摘したり、作品に登場する女性を「同じ女について、くり返し書いている」と見抜いたり、伊藤さんならではの発見も小説に織り込まれている。
「私ね、『お話』を作れないんです。鴎外その人も、『いつでも原作があった。それは自らの体験、もしくは歴史的史料や先人の伝記だった』と言われますけど、読み込むと巧妙に自分のことを書いている。そのことに気づいて、何だ、私のやり方でOKなんだって思いました」