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「強い地検特捜部」復活待望論

やはり「なんか凄そうな奴ら」がいないと政治がしまらない

2017/03/16

「地検が関心を持っている」で全体がビシッと締まった時代もある

 そんな平和な日本ですけど、やはりこういう政治的な問題が出てきたときに、一昔前だったら法務省の切り札、地検特捜部が出てきて何かするパターンだったわけでございますよ。ロッキード事件からライブドア・村上ファンド事件まで、政治と経済全般にわたる不祥事に目を光らせ、場合によっては何かいろんなことをしてまで摘発に漕ぎ着ける権力者の監視役。森友学園事件はどうも尻すぼみになってしまいそうな雰囲気になってますけど、ここで「地検が関心を持っている」という情報一発で全体がビシッとするような、そういう誉れ高き存在であったはずの地検特捜部がゴミのような扱いになっているのは最盛期を知る人間にとっては寂しい気持ちでいっぱいです。

リクルート事件でリクルート本社に入る東京地検(1988年) ©共同通信社

 だからといって、証拠を捏造したり出世レースの果てに派手な事件の奪い合いのような体たらくは問題なんでしょうけれども、チェック機能が高ければ政治の側も襟を正し国民のためになる政策に向かい合うことだってあり得るのでしょう。というか、例の森友学園の理事長を退任すると発表した籠池泰典さんにせよ、名前の取り沙汰されている稲田朋美女史や安倍昭恵女史にせよ、あんな適当なことで許されるのはチェック機能がメディアにしか存在しないからじゃないかと思ってしまうぐらいにどうしようもない低レベルで矛盾に満ちた発言に終始しているのはどうなのかと感じます。

 オリンピック全体の汚職の疑念が囁かれていることもあってフランス捜査当局から東京オリンピックの招致を巡ってJOC会長の竹田恒和さんが東京地検に任意聴取されてましたが、そういうのが一発あるだけで世の中は「おっ」となるし、地検待望論も出てくるんじゃないかと思うんですよね。ファーストレディーは私人だ、じゃあ不逮捕特権はないですね、みたいな駆け引きでもあれば、政治はもっと良くなるかもしれない。

「そんな政治であって欲しくない」と調整するための弁が欠けてる

 最近の政治的問題がショー化して、エンターテイメントとして消費されているよね、と言われる所以は、日本人の民情として「そんな政治であって欲しくない」と調整するための弁が欠けてるからじゃないかと思うんですよ。文春砲をはじめメディアの力が改めてクローズアップされるのは、むしろ「十手を持った怖い人」とか「凶器を孕んだ法の番人」みたいな存在が希薄なので、そういうネタを持ち込むのがメディアになり、それをコピーして回覧する野党議員が国会で追及する、でも馬鹿揃いだからトボけられたり頭かいたりされて追及も満足にできず、手ごろなところで打つ手が途絶えてお蔵入りとなって処分なし、せいぜい問題となった閣僚が吊るされて後任人事が出て終わり、みたいなパターンでありますよ。

©iStock.com

 その意味では、スキャンダルがこぢんまりして、政治家もスケールが小さくなったよなあ、故・金丸信さんなんて佐川急便から5億円の闇金とかですよ。そのときの東京地検特捜部が佐川急便社長の渡辺広康さんら4人を引っ張ったのは、東京佐川急便に952億円の損害を与えたとした特別背任容疑ですよ。森友学園の籠池夫妻が国有地払い下げの8億円値引き云々も問題だけれども、巨悪とやらはどこでイビキをかいて寝てるのかって話です。

 捜査に無茶や捏造があってはならないし、韓国みたいにやりゃあいいってもんじゃないけれども、何かこう足りないよなあって思うんですよね。その辺、ほんとどうにかならないんですかね。地検特捜部の再興みたいなプロジェクトX(死語)とか。