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市村萬次郎×酒井順子 歌舞伎でも現実でも「女のドロドロ、こってり」はおもしろい!

『女を観る歌舞伎』著者、名優と女形を語る(1)

note

仕草や動きの中からにじみ出る色気

酒井  色気についてお聞きしたいのですが。

萬次郎  実は、色気というものがどういうものか、特に教わっていないんです。でも、たとえば、好きな人を見る時にも、見たいけれども恥ずかしいという思いを、仕草で表すわけです。隠しながらも、自分は見たいというのを胸で押していって、ふっと目があうと隠れる。そういうところで優しさや恥ずかしさを表現していくのですが、その動きの中に、色気が出てくるのかなと思います。

酒井  直接的に気持ちをぶつけるのではないのですね。

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萬次郎  そうです。うちの父は、御座敷やクラブなどで、女性を観察してその心理と仕草を分析して、話してくれました。たとえば御座敷で、隣にいい仲の人がいた場合、体は他のお客の方を向いていても、腰はその人にくっついていたりするとか、クラブで「いらっしゃい」と腕を組まれるのは、喜んでいるのではなくて、相手を拘束して自分の方に連れて行くためだとか(笑)。酔っているのに酔っていないふりをする時は、普通を装って話をしながら、襟元や裾を気にするとか。

酒井  なるほど。色っぽいです……。そういう風に日常生活で見たものを、歌舞伎に取り入れていくのですね。

萬次郎  歌舞伎も昔から、踊りやお芝居にそういう動きを取り入れてみて、いいというものが定着していったのだと思います。女歌舞伎から野郎歌舞伎になった時も、普通の男性がやっていて、今のようなきれいな女形はいなかったでしょうから、その中で、いかに女らしくみせるか、女を見せる仕草や動きが発展してきたのだと思います。実際の女性の方々はよほど男性に媚を売ろうと思わない限り、そういう動きはしないでしょうね(笑)。

酒井  女形も進化してきたというわけですね。萬次郎さんが子供の頃見ていた女形の方々と、今とは何か違うところがあるのでしょうか。

萬次郎  昔は今思えば、いい加減な顔でした(笑)。梅幸さんなども、白粉パンパンとはたいて、眉をしゅっしゅと描いて、10分くらいで顔を作ってしまった。うちの父は「今日、うちの兄貴、ずいぶんムラな顔してるよなあ。でも、舞台に出るときれいに見えるんだよ」と言っていましたけれど(笑)。それに比べて今の女形さんは、お化粧がとても細かい。玉三郎さんが篠山紀信さんで写真集を出したあたりから、写真の性能も上がってきて、女形の化粧の仕方が変わってきたのではないでしょうか。立役の化粧も、筆など使わず、指でやるので雑だったのですが、ある意味、その方が人間味のある顔をしていたかもしれません。

(2)に続く

市村萬次郎(いちむら・まんじろう) 昭和24年生まれ。十七代目市村羽左衛門の次男。30年、歌舞伎座「土蜘」で初舞台。47年「暫」の照葉ほかで二代目市村萬次郎を襲名。海外公演も数多く、外国人のための歌舞伎教室も開催。映画では、「大日本帝国」「ザ・マジックアワー」などに出演。昭和57年、59年に国立劇場奨励賞、平成4年、6年、27年に国立劇場優秀賞を受賞。13年に外務大臣表彰を受けた。公式HP http://park.org/Japan/Kabuki/kabuki-j.html

女を観る歌舞伎 (文春文庫)

酒井 順子(著)

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2017年2月10日 発売

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