今はどれだけ処方されているのか?
抗生物質を乱用すべきでないという感染症専門医などによる指摘は、ずいぶん前(たぶん20年以上前)からありました。しかし、相変わらず風邪に抗生物質を処方するようなことが、ずっと放置されてきたのです。最近になって、ようやく厚労省も重い腰を上げ、医師向けの「抗微生物薬適正使用の手引き」が作成されるなど、薬剤耐性菌対策が行われてきました。そうした取り組みのおかげもあって、風邪に抗生物質を処方する医師はだいぶ減ったと言われています。
とはいえ、まだ無用な抗生物質の処方は残っているようです。同じ国立国際医療研究センターの研究グループが、11月26日にもプレスリリースを出しています。それによると、2012年から2017年の間の外来患者の社会保険データを解析したところ、一般的な風邪症状(せき、鼻水、のどの痛み)を示す「急性気道感染症」の30%以上に抗生物質が処方されていたそうです。
急性気道感染症の相当数は抗生物質が不要と考えられています。09年には約60%と推計されていたので半減したとはいえ、まだかなりの量の抗生物質が処方されていると思われます。しかも、処方割合は抵抗力の弱い乳幼児や高齢者よりも、抵抗力の強い人が多いはずの10代から40代のほうが高かったそうです。こうしたデータから見ても、まだまだ抗生物質の適正使用対策を推し進める必要のあることがわかります。
帝王切開やがんの手術が難しくなる可能性も
薬剤耐性菌の蔓延は、世界中に深刻な問題を引き起こすと懸念されています。なぜなら、ペニシリンから始まる抗生物質の登場によって治るようになったはずの感染症が、再び治せなくなってしまい、抵抗力の弱いお年寄りや新生児、重い病気の人などが多く入院する病院などで感染の爆発的拡大──アウトブレイク──を頻発させる恐れがあるからです。
現在、薬剤耐性菌によって米国では年間3万5000人以上、欧州では年間3万3000人以上が死亡していると推計されていますが、2050年には薬剤耐性菌に関連した死亡数が世界で1000万人以上に達する可能性があると言われています。問題はそれにとどまりません。抗生物質が使えないとなると、これまで当たり前に行われてきた帝王切開やがんの手術などが、難しくなる可能性もあります。術後の合併症で起こりうる感染症の対策ができなくなるからです。
こうした深刻な事態を招かないためにも、医師側だけでなく患者側のほうも、「抗生物質は必要なケースに絞って大切に使う」という意識に変えていくべきです。これは、抗生物質に限った話ではありません。たとえば、昨年発売されたインフルエンザ薬「ゾフルーザ」の例があります。1日2回5日間飲む必要のあるタミフルなどの従来薬に対し、この薬は1回だけ飲めばいいことから、昨シーズンは予想の2倍も使われ、18年度に263億円を売り上げ、抗インフルエンザ薬の中でもっとも使われた薬となりました。