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これは危険思想か、それとも愛国心か

『国のために死ねるか 自衛隊「特殊部隊」創設者の思想と行動』 (伊藤祐靖 著)

特殊部隊は日本の国民性に合っている

――それが特殊部隊創設につながったのですが、そういう特別な人間を見分けるのは至難の業ではないですか?

 わたしに言わせると、そういった人間は100メートル先にいてもわかる(笑)。でも、それでは話になりませんから説明しますと、少し抽象的になりますが、特殊部隊に「向いている人」の多くはコントロールが効かない人なんです。

 コントロールの効く人とは、言い換えると枠の中にいる人です。そして、普通の人を枠の中に入れるには、飴と鞭を上手に使えばいい。

 たとえば、子どもなら、これをしたら廊下に立たせますよ、これをしたら親を学校に呼び出しますよ――これが鞭です。罰則と言ってもいい。大人になっても、罰金とか懲役とか、極端な例では、これをしたら死刑になりますよ、というのがそれです。それに対して、これをすれば褒めてあげます、もしくは名誉が与えられますというのが飴です。

 こういうことを繰り返していくうちに、人は枠の中に入っていきます。ただ、ほとんどの人は、その罰則が正しいのかどうか深く考えて受け入れているわけではない。ただ親が、世間が、上司が、役所がそう言うからそうしている。自分が本当は正しいと思うことをしたら罰則が待っている。それでもやるのか、やらないのか――そういった葛藤をしたことがないと思います。

 ところが、世の中には、飴にも鞭にも関心がない人がいる。

 彼らは、「枠」、つまり外側から与えられた価値観では決して満足できない、自分自身の価値観に忠実な人間です。罰則があろうとなかろうと、自分が正しいと信じたことをやる。そして、共通して思っているのは、「満足して死にたい」ということ。金持ちになってベンツを乗り回しても、満足できない人たちなんです。ただ、こういう人は、だいたい不器用で、組織の中では居場所を見つけられないんですね。自衛隊は、ある意味、究極の“お役所”ですから、こういった人たちは、そこからはみ出していました。

 こういう人たちこそ、自分の命を投げ出してでも、公のために奉仕したい、という強烈な思いを持つことができるのです。

 最初に隊員を集めた時、よくもまあ、これだけはみ出し者ばかりを集めたものだと言われましたが(笑)、彼らがいたからこそ、特殊部隊はできたのです。

――その特殊部隊ですが、どのくらいの実力なのか外から見ていてもわかりません。実際、日本の特殊部隊はどのくらい強いのですか? たとえば、今、北朝鮮にとらえられている拉致被害者を奪還することは可能なのでしょうか?

 すでに部隊を離れて10年たっていますから、今の部隊について語る資格はありません。しかし、わたしが先任小隊長を務めていた当時であれば、間違いなく「できます」と答えたでしょう。もちろん、軍事作戦に絶対はありません。しかし、もし我々が失敗するとしたら、世界中のどんな特殊部隊がやっても失敗するとは、思っていました。

――そんなに、日本の特殊部隊は強いのですか?

 抜群の能力があります。また、特殊部隊は、日本の国民性に合っているとも言えるのです。

 普通の軍人と違って、特殊部隊は一人でいろんなことができなくてはなりません。射撃も、爆破工作も、格闘も、潜水も、パラシュート降下も……例えるなら、陸上の十種競技のようなものです。十種競技の選手は幅跳びも、短距離も、砲丸投げも、個別の競技で抜群の成績はとれなくても、満遍なく好成績をあげる力があります。特別秀でているものはなくても、すべてそこそこできるという資質、場合によっては器用貧乏と言われたりもしますが、それが特殊部隊には向いているのです。

 さらに、いろんなことをやるためには、まず勤勉であること。次に器用であること。そして飲み込みが早いこと。若干飽きっぽいところも大切です。これらはすべて日本人の性質に合っているんです。