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自衛官は奴隷ではない

2007年に初公開された「特別警備隊」の訓練(共同通信)

――特殊部隊といえば、アメリカ海軍のネイヴィ・シールズや陸軍のグリーンベレーが有名で、彼らこそNo.1のような気がしていましたが、そうではないのですか?

 特殊部隊に関して言えば、アメリカを高く評価する人を見たことはありません。実際に一緒に何度も訓練しましたが、“忘れ物が多くて、すぐに痛がる、気のいいアンチャン”というのが、わたしの印象です(笑)。

――能登沖不審船事件に戻りますと、立入検査隊員を送り出さんとする時、伊藤さんは、

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「“わたくし”を捨てきった彼らを、それとは正反対の生き方をしているように見えてしまう政治家なんぞの命令で行かせたくなかった」

 と、書いています。

 ここだけ読むと、シビリアン・コントロールを否定しているようにもとれます。もし、政治家の人気取りや、外国とのお付き合いが目的で発せられたとしか思えない命令が下った時、自衛官はどうすべきだと考えていますか?

 私に限って言えば、その理由に納得が行かなければ命令を拒否します。いまだに整備されていませんが、もし軍法会議が法制化されていたら、命令を拒否すれば死刑に処せられるかもしれません。それでも、わたしはそうしたと思います。

 その代わり、命令を拒否する根拠の中には、“わたくし”の文字は欠片もない自信があります。だから、拒否しますし、部下にも私の命令を拒否しろと言っていました。

 しかし、考えてもみてください。人間に対して、「死んでこい」と命令を出すのだから、納得できるだけの理由を示す、というのはおかしなことでしょうか? あれだけの苦痛を毎日積み重ね、その時のために、心と身体を整えている者達に、すべてを捨てさせる訳ですから、それにふさわしいロジックと情熱と、できればオーラをもって、命じるべきです。これは、シビリアン・コントロールうんぬん以前に、最低限の“礼儀”だと思います。

 自衛官は奴隷ではありません。「死ななくてはならない」理由が、「上がそういっているから黙って行け」とか「規則で決まっているから仕方ないだろう」で行かせる訳にはいきません。その代わり、命令権者自身に私心がなく、心から正しいと思う理由を示すのならば、何だってやるのが我々です。

 そんなことをしたら、規律が成り立たないじゃないか、などと言う人は、軍事組織のことをよく知らないのだと思います。

 特殊部隊員の適性と同じことで、罰則に縛られて正しいと思うことができない人間は信用できません。信用できない人間の命令は受け入れることも、作戦行動を一緒にとることもできません。これは、今の自衛隊の組織でもそうです。私が言いたいのは、そういうことなのです。

――本書では、戦前から現在に至るまでの日本という国家のあり方にも筆が及んでいます。詳細は読んでもらうとして、伊藤さんが今の日本に欠けていると思うところはありますか?

 ん~、ありません。戦前が善で戦後が悪、戦前が悪で戦後が善、いろいろ言われますが本質的には何も変わってないと思います。もっと言えば明治の人が強いとか、江戸がどうだ……、変わってないと思います。だからこそ、明治維新、慌てて他人の真似をして150年、戦後、他人の習慣を強要されて70年、守破離ではありませんが、本来の自分と他人のいいところの融合を創り出す時期だとは思います。典型的なのが責任の取り方で、太古以来、この国では「個人の責任」が育ちにくい土壌があったと感じています。軍隊で言うならば、全員スタッフ(参謀)で、責任を取る指揮官が誰なのかを明らかにしない。

 もちろん傾向としてですが、1000年以上前から、矢おもてに立ってしまうようなこと、責任をとることは、天皇陛下一人にお任せして、他の者はいい意味で重圧より解放された状態で、どうあるべきかを考えることができていた。そうすれば能力を発揮する人が多い国民性があるような気がするんです。

 こういった日本人の気質に基づく長い習慣と他国のいいところを融合させた今からの国の形を創らなければならない時期だと思います。

 本書は、我々はどういう国家・国民になるべきで、それにはどうしたらいいのか考えるきっかけにして欲しいという想いの本なのです。

伊藤祐靖(いとう・すけやす)

伊藤祐靖

1964年東京都出身、茨城県育ち。日本体育大学から海上自衛隊へ。防衛大学校指導教官、「たちかぜ」砲術長を経て、「みょうこう」航海長在任中の1999年に能登半島沖不審船事件を体験。これをきっかけに自衛隊初の特殊部隊である海上自衛隊の「特別警備隊」の創設に関わる。42歳の時、2等海佐で退官。以後、ミンダナオ島に拠点を移し、日本を含む各国警察、軍隊に指導を行う。現在は日本の警備会社等のアドバイザーを務めるかたわら、私塾を開いて、現役自衛官らに自らの知識、技術、経験を伝えている。著書に『とっさのときにすぐ護れる 女性のための護身術』がある。