渡瀬恒彦が先週、亡くなった。今週の文春では小林信彦の連載「本音を申せば」と、ワイド特集(「4人のヤクザを5分でKO? 渡瀬恒彦芸能界最強伝説」)がその死を取りあげている。
渡瀬恒彦といえば今からちょうど40年前、映画「北陸代理戦争」の撮影中に足を失いかねないほどの大ケガを負う。アクションシーンでも代役を嫌い、スタントマンでなく自ら演じる渡瀬恒彦は、雪上でジープを運転するシーンで、転倒して下敷きになってしまったのだ。事故現場から病院へ搬送される模様は映画さながらで、春日太一『あかんやつら』(文春文庫)に詳しいのでそちらを読んでいただきたい。
「北陸代理戦争」は実在のヤクザをモデルとした映画である。その人物が映画をきっかけに射殺される事件が起きたこともあり、「仁義なき戦い」シリーズなどを生んだ東映「実録路線」は終焉する。
そんな事情もあって、渡瀬恒彦は違う路線へも踏みこんでいく。小林信彦の言葉を借りれば、「渡瀬さんは暴力の世界をつづけると同時に、人をホロリとさせられる世界に入っていった」(今週号の「本音を申せば」より)のである。かくして「神様のくれた赤ん坊」や「時代屋の女房」などの名演を残す。
「渡哲也以上に哲也的な男が渡瀬恒彦だ」
ワイド特集の「4人のヤクザを5分でKO? 渡瀬恒彦芸能界最強伝説」では、タイトルとは裏腹に、兄・渡哲也と共演した際の気遣いのエピソードが紹介されている。
《二〇一一年に四十年ぶりに兄弟での共演を果たした『帰郷』の撮影時には、体調が万全ではなかった渡を気遣う場面もあった。
「渡がお墓に跪くシーンがあったのですが、『兄貴、見ててくれ』と弟さんが替わりにリハーサルをやったんです。本番以外で余計な負担をかけないように、と」》(「週刊文春」2017年3月30日号より)
代役を嫌い、自らアクションをやってみせた渡瀬恒彦が、兄の替わりを買って出たのである。
そんな渡瀬恒彦、渡哲也をして「俺より弟の方が強い」。渡哲也といえば「西部警察」の団長など、無敵キャラのイメージである。それよりも強いのだ。
超武闘派として知られ、山口組の組長にまで上り詰めた竹中正久、その実弟で同じくヤクザの竹中武を、溝口敦は「竹中正久以上に正久的な男が竹中武だ」と評した。それをもじれば「渡哲也以上に哲也的な男が渡瀬恒彦だ」。
これを意外におもうひとは多いに違いなく(だからわざわざ「芸能界最強伝説」が記事になっている)、それは「人をホロリとさせる世界に入っていった」ことの賜物だろうし、またそうした意外性なり二面性なりが渡瀬恒彦の魅力であったろう。
アサ芸と社会の多様性と
ところでくだんの溝口敦、もともとは徳間書店の編集者であった。徳間といえば先週、TSUTAYAの運営元のCCCが買収の方針を固めたと報じられる。それをうけての今週の文春は、「『がんばれ!アサヒ芸能』TSUTAYA傘下で絶体絶命」と題して、徳間の看板雑誌・アサ芸の行く末を心配する。
アサ芸の元編集長・佐藤憲は09年に催された週刊誌編集長を集めたシンポジウムの席で、「ウチの顧問弁護士から、私はいつも怒られている。『君の記事には公共性と公益性のカケラもない。これをどうやって裁判すればいいんだ』」(注1)と言って、笑いを誘っている。
そんなアサ芸にだって、もちろん存在意義はある。おなじシンポジウムで、おなじく実話系週刊誌の週刊大衆、大野俊一は次のように発言する。
「『週刊大衆』はなんのためにあるのか? と聞かれたら『我々の生活が多様化するためにある』と答えている」(注2)。「『週刊大衆』が今日も元気に売られていることは、多様で豊かな社会であることの証明です。だから、1年に1冊くらいは買っていただきたいなと。その1冊が社会の多様性を担保するものなのですから」(注3)。
これは週刊誌全般にいえることだろう。なもんで、社会の多様性のためにも、がんばれ! アサ芸。
(注1)引用:ITmediaビジネスONLiNE「集中連載・週刊誌サミット」http://bizmakoto.jp/makoto/
(注2)引用:ITmediaビジネスONLiNE「集中連載・週刊誌サミット」http://bizmakoto.jp/makoto/
(注3)元木昌彦『週刊誌は死なず』(朝日新書)より