忙しくても1分で名著に出会える『1分書評』をお届けします。
今日は俵万智さん。
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迫力のある黒の線描画。ナスと文字にだけ使われる濃い紫。シンプルな二色遣いが、深いメッセージを届けてくれる絵本だ。現在四十代の作者の、十代のころの体験がもとになっている。
内容は、ひとことで言うと「小学生のボクは、鬼のようなお母さんにナスビを売らされました。」という話。これをお母さんの立場から言うと「小学生の息子を持つ私は、鬼になってナスビを売らせました。」。実はこのお母さんには、鬼にならねばならない理由があった。当時としては治療のむずかしい白血病にかかってしまったのだ。
夫婦でナスビ農家をしていた両親が、団地の前に車を止めて、息子にナスビを売りにいかせる。慣れないうちは声も小さく、どの家でもけんもほろろの対応だ。が、必死で売っていくうちに、セールスがうまくなり、こわかったオッチャンに褒められたりもする。
このオッチャンは、ちょっと大げさに言うと「地域の教育力」を象徴するような存在だ。こういうオッチャンが、昔の日本には、たくさんいたんだろうなあと思う。
当時のボクは、なんでこんなことをやらされるのか、わからなかっただろう。遊びたいさかりの子どもに、無茶ブリもいいところである。
母親の心中を察するに「私が守ってやらなくても、自分で考えて行動できる子どもになってほしい」ということだと思う。それを目の前にある、もっとも親しみ深いナスビで、今日からできるやりかたで、母は実行した。
不器用かもしれないけれど、精一杯のこのアイデアが「ボク」を成長させた。母が亡くなってからボクが聞いた、父の言葉には、思わず涙させられる。
白血病を宣告されなくても、いつかは子どもを残して死ぬという点では、どの母親も同じだ。自分がいなくても生きてゆける力を、子どもが身につけるにはどうしたらいいか。それを考えることが、真に子どもを「守る」ということなのだと教えられる。