今年90歳になる作家の小沢さんが、小学2年生のときに書いた作文を介して当時を回想する。タイムマシンに乗って遠い昔の自分に出会ったような、類書のない本である。
「『このガキ』って思ったりもするけど、よく知ってるガキなんだよね、だって自分なんだから。そこが面白かったかもしれない。作文を取っておいてくれたのは親父で、読んだ人からは『よく取っておいた』と親父のことをまず褒められます」
ふるさとは銀座八丁目の電通通り沿い。ハイヤー業をいとなむ生家の「トラヤ」のあった場所は、いま、リクルートGINZA8ビルが建つあたりだ。整理癖があったという父上は信男少年が描いた絵も保存しておいてくれた。遠足や教室風景、海軍の軍楽隊や「戦場」を描いたこの絵が、またいい。
「絵描きになればよかったかな(笑)。『このガキ』にはちょっとずうずうしいとこもあって、勝手にフィクションを描いてたりもするんだよね」
視覚的な効果をねらってか、豆まきの絵で描かれる部屋が妙に立派だったりすると、「わが家ではない」と文中に書き添えてある。当時の記憶は非常に鮮明に小沢さんの中にある。
「作文を読んだり絵を見たりしてると、情景がポッポッと浮かんでくるんです。引き出しにいろんな豆を入れて売りにくる豆売りだとか、紙芝居屋だとか、フィルムのきれっぱしみたいなのがいろいろあって、次第にその前後がつながってくるんだな」
遠足についての作文なのに、前日のことをくわしく書いたり、信男少年にはいろいろこだわりがある。書いたものが初めて活字になったのは小学3年生のときで、父はその作文が載った新聞記事も保存してくれていた。
銀座というにぎやかな街で暮らす信男少年はよく歩いている。いまも変わらず、小沢さんは街を歩く。
「いまこうして元気でいられるのも歩いてきたせいだと思いますよ。もともと病弱だから運動をしたことがない。そのかわりただ歩いて。丈夫な人はきっとこんなぐらいじゃくたびれないはずだ、ってがんばって歩いてるうちに人より余計に歩くようになっちゃった」
昨年12月に『俳句世がたり』(岩波新書)、2月に本書、3月に『ぼくの東京全集』(ちくま文庫)と本の出版が続いた。
「思いがけず、ね。正直、忙しかったけど、どれも楽しい仕事でした」