富士山が視界に入ると誰しも飽かず眺め入ってしまうけれど、あれは何を見ているのか。ひとつには稜線の美しさがある。空と大地の境界に伸びる一本の優美な曲線。その美しさに打たれてしまう。もうひとつはボリューム感だろうか。そこにたしかに存在する凄まじい質量に気圧され、自然の大きさを見せつけられる思いがする。
展示空間のなかに、いくつもの山を築いてしまった展示が始まっている。府中市美術館での「青木野枝 霧と鉄と山と」展。
新しい山が展示空間に出現
青木野枝は肩書きをつけるのであれば一応は彫刻家となろうけれど、人物像のように具体的なかたちを持つ作品はほぼつくらないので、作品を観る側としても彫刻を眺めているとはあまり思えない。青木の作品と対面する体験は、もっとこう、風景そのものに出逢ったような感覚に近い。
ましてや今展は「霧と鉄と山と」と題されており、山の存在が大きなテーマとして据えられている。展示空間のそこかしこに、いろんな山が聳え立つこととなった。
実物の山と比べればサイズはずっと控えめとはいえ、展示室の天井に届かんばかりの大きなものもあって、かなりのボリューム感で観る側に迫ってくる。
青木が築いた山の稜線がまた美しい。ときにデコボコとして、ときに滑らかに、快い丸みを帯びながら伸びていく線。それを目で追っていると、こちらの気分もどこか丸みを帯びてくる。大自然のなかへ分け入って山々を見上げる爽快さとは、似ているけれどまたちょっと違った心地よさが、ここにはある。少なくとも青木の彫刻が、これまでどこでも見たことのない、新しいタイプの山であるのはまちがいない。