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見失いがちな「人生を俯瞰する視点」を宝石のような言葉が思い出させてくれる

『悲しみの秘義』 (若松英輔 著)

2016/01/19

genre : エンタメ, 読書

note

忙しくても1分で名著に出会える『1分書評』をお届けします。 今日は俵万智さん。

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若松英輔エッセイ集 悲しみの秘義

若松 英輔(著)

ナナロク社
2015年11月27日 発売

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 もしあなたが今、このうえなく大切な何かを失って、暗闇のなかにいるとしたら、この本をおすすめしたい。

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 あるいは、目の前のことに追われすぎて、ささいなことでイラついたり、何が大事かということさえ考える余裕がなかったりするなら、やはりこの本をおすすめしたい。

 ずいぶんタイプの違う人にすすめるようだけれど、つまり両者に必要なのは「人生を俯瞰する視点」だと思うから。

 実はこの年末年始、私はかなり心に余裕がなかった。近視眼的にしか、ものを考えられない状態だった。その中で本書を開くと、日常とは明らかに違う時間が流れはじめるのを感じた。心がしーんとして、人生の中で、自分がどのへんで何をしているかということや、大事にしなくてはならない人をおろそかにしていないかというようなことを、なんというかとても清浄な気持ちで考えられるのだ。たぐいまれな美しい装幀が、そういう気持ちに寄り添ってくれることも心地よかった。これからも、俯瞰する目を失いそうになったら、この本に助けてもらおうと、いざというときのために何と心強い一冊を得たかと、救われる思いだった。

 宮澤賢治、須賀敦子、神谷美恵子…本書で引用される人たちの多くは、愛する者を人生の途中で失うという経験をしている。引用の達人である著者は、切り出してきた宝石のような言葉たちに独自の光をあて、そのまま出会っていたら気づかないような輝きを見せてくれる。「読むことは、書くことに勝るとも劣らない創造的な営みである。」とは本書の一節だが、まさにそのことが体現されている。

 死者や悲しみや孤独について書かれた文章を、これほどまでに著者が読み解き、そこに自身の心を見出す理由は、「彼女」という章で明らかになる。引用の達人などと簡単に書いてしまったけれど、それは魂を賭けて言葉を味わった軌跡なのだ。

俵 万智(たわら・まち)

俵 万智

1962年、大阪府門真市生まれ。早稲田大学文学部卒。1986年、『八月の朝』で角川短歌賞受賞。1988年、『サラダ記念日』で現代歌人協会賞受賞。2004年、評論『愛する源氏物語』で紫式部文学賞を受賞。2006年、『プーさんの鼻』で若山牧水賞受賞。その他の歌集に『オレがマリオ』、エッセイ集に『旅の人、島の人』など。石垣島在住。

見失いがちな「人生を俯瞰する視点」を宝石のような言葉が思い出させてくれる

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