たとえば、米国で「ホルモン補充療法剤で、乳がんなどを発症した」とする訴訟が起こされたことがあるのですが、その裁判の過程で、少なくとも同薬に関連する40本の論文が製薬会社に雇用されたゴーストライターによって書かれていたことが2009年に明らかになりました。この問題では、製薬会社の依頼により医学コミュニケーション会社のライターが論文を作成し、著者に名を連ねる医師のリクルートが行われていたことも判明しています。(薬害オンブズパースン会議「注目情報」2009年9月30日)
世界的な有力医学誌でもゴーストオーサー(幽霊著者)が1割近く!
また、「米国医師会雑誌(JAMA)」の研究グループが、世界的に有力な医学誌6誌を対象に、2008年に発表された論文約900本を調べたところ、医師が名義貸しだけをしている「ゴーストオーサー(幽霊著者)」によるものが7・8%(原著論文では11・7%)あったことも明らかになっています(日経メディカル「見て見ぬふり? 論文のゴーストライター」2009年10月19日)
芸能人なら苦笑されるぐらいで済むでしょうが、芸術性、独創性、社会性などが重視される文学やノンフィクションの世界でゴーストライターを使っていたことが発覚したら、その著者は社会的に厳しい批判を受けることになるでしょう。なのに、高い科学性と倫理性が求められる医学の世界で、なぜこのようなことが横行しているのでしょうか。
その理由としてまず挙げられるのが、医師が日常診療などで忙しすぎることです。自分で患者に同意を得てデータを収集し、入力・集計・解析を行い、論文を書き上げるには、かなりの労力と時間が必要です。それを製薬会社が肩代わりしてくれるのですから、医師にとっては「渡りに船」に違いありません。そうして作られた論文は、医師の業績にもなります。製薬会社に手伝ってもらって論文を出せば出すほど、出世の道が開かれる可能性も高くなるわけです。
また、医師だからといって、必ずしも文章が上手だとは限りません。とくに英語の論文ともなると、プロの手助けがどうしても必要となるでしょう。ですから、プロのメディカルライターの手を借りること自体は、必ずしも非難されるべきことではないと思います。
製薬会社が資金援助した論文の問題点も明るみに
ですが、なぜ製薬会社が医師に便宜を図ろうとするのかも、私たちは考える必要があります。拙著『新薬の罠』でも指摘しましたが、どんなにきれい事を言っても、製薬会社は資本主義の論理に従う私企業です。つまり、一錠でも多く薬を売って、利益を上げることが使命ですから、「自社に都合のいい論文を作って、プロモーションに使いたい」という欲望が働くのは当然でしょう。
実際、製薬会社が資金援助をした臨床研究の論文では、企業に有利な結果になったり、副作用が過小評価されたりする傾向が強いことを明らかにした研究も複数報告されています(Ann Intern Med. 2010 Aug 3;153(3):158-66.など)。製薬会社を研究や論文作成に関与させたら、彼らに都合良く利用されてしまう可能性を完全に排除することはできないのです。
世界的に、製薬業界と医療界との癒着が問題視されるようになり、製薬会社の社員による医師への営業活動や接待もかなり制限されるようになりました。とはいえ、製薬会社から医師への研究資金提供や講演料謝礼、人的な便宜供与がまったくなくなったわけではありません。今回のような「ゴーストライター事件」が明るみに出れば、医療界の信頼は落ちてしまいます。なにより、寝る間も惜しんで必死に論文を書いているまじめな医師のみなさんにとっても、ゴーストライター論文の存在は腹の立つ話でしょう。
今回の事件を教訓にして、製薬会社からの資金提供の有無(利益相反)だけでなく、「製薬会社の社員がゴーストライターになるのを禁止する」「どこの誰が実際に執筆したのかを明記する」「メディカルライターを使った場合は、誰が料金を支払ったか明記する」など、論文の透明性を高める倫理的なルールを徹底してほしいと思います。なにより、「ゴーストライターを使うことはプロフェッショナルとして恥ずかしい」という意識を、医療界の方々にも持っていただくことが大切ではないでしょうか。私もこの記事を、ゴーストライターを使わず自力で書きました。