●アンチLGBTQ
文法的に馴染めない層と異なり、直截的な嫌悪感を露わにしているのが、「He is he.(男は男じゃないか )」の類のコメントを発する層だ。アメリカは性的少数者の権利拡張運動が進む一方、アンチLGBTQの風土も非常に根強く、ゲイやトランスジェンダーへのヘイトクライム(憎悪犯罪)が、殺人まで含めて後を絶たない。
アンチLGBTQの風潮にはキリスト教の強い影響がある。アメリカでは昔から今に至るまで同性婚問題、中絶問題が大統領選のたびに大きな争点となってきたが、これもキリスト教に由来する。同性婚はオバマ政権時代に全米で合法化されたが、現在は信仰の自由に基づき、同性愛者とのビジネスを拒否できる権利 (例:ケーキ屋が同性婚ウェディングへのケーキ販売を拒否するなど)などが問われている。このように信仰に基づいてLGBTQを受け入れない層は新しい「They」の用法も断固として拒否する。
●困惑
性的少数者に敵意は持たないものの、「いまいち、よく分からない」と感じている人は多い。
便宜上よく使われる「LGBTQ」は数ある性的少数派のうち5つのグループしか表しておらず、他者に対して性的欲求を持たないアセクシャル(無性愛者)、あらゆる人々を性愛の対象とするパンセクシャル(全性愛者)などは含まれていない。こうした “新しい言葉”がメディアに登場するたびに、「もう、何がなんだか分からない」と感じる人は、「She/Heの代わりにTheyを使ってほしい」と言われても混乱して頭を抱えてしまう。サム・スミスに関しても、「ゲイだからHeでいいのでは?」と感じる。
サム・スミスは2014年に世界的大ヒットとなった『ステイ・ウィズ・ミー』でグラミー賞レコード・オブ・ジ・イヤーを受賞した際のスピーチでゲイであることを公表した。3年後に「自分は男性であると同様に、女性でもあると感じる」と発言し、今回はノン・バイナリー(男女どちらでもない、もしくは第三の性)として「They」宣言を行なった。その際、「生涯にわたるジェンダーとの闘い」について語っている。スミスのようにジェンダー自認が変化する人が存在することなど、多くの非LGBTQには想像もつかない。
「他者に優しくなろう」
大手メディアは一般記事ではまだジェンダー・ニュートラル(性的中立)の「They」を使用していない。トランスジェンダーについては、以前より性別適合手術や性別変更の有無、出生証明書の名前にかかわらず 、MtFであれば女性として「She」「Ms. Xxx」と表記している。
彼女たちは「She」と呼ばれたい人たちだ。生まれ持った身体の性と性自認が一致する、シスジェンダーのフェミニストも女性としての存在を主張するために「They」ではなく、「She」を好んでいる。「They」問題のポイントは、それぞれの人がどう呼ばれたがっているかを、どうやって知ればいいのか、ではないだろうか。つまるところ社会は、非LGBTQは、LGBTQ当事者の声をもっと聞かねばならないのだ。社会が聞く姿勢を持てば、当事者たちは緊張も恐怖も持たず、声を上げるだろう。その上で、より良き道を共に模索していくしかないのである。
サム・スミスは「They」宣言の長文の最後に、こう記している。
「みんな、愛しているよ。今、ものすごく怖いけれど、とても自由になったと感じる。人に優しくなろうね。(キスマーク)」