「改革と統合を成し遂げる」
韓国の新しい大統領に当選した進歩派の文在寅(64・共に民主党)候補は、勝利宣言の第一声をこう高らかに謳い上げた。
得票率は41.1%。2位の保守派の洪準杓・自由韓国党候補(24.0%)、3位、中道寄り進歩派の安哲秀・国民の党候補(21.4%)を大きく引き離し、圧勝となった。
今回の大統領選挙は韓国憲政史上初めて大統領が弾劾、罷免されての歴史的な、異例の選挙で、当初は「未来を問う選挙」といわれた。
大統領選の候補者が出揃った4月初めには、安候補の支持率が文大統領に3ポイント差まで迫り、進歩派同士という初めてのフレームでの争いとも騒がれた。
しかし、3週間の短い選挙期間の中で状況は目まぐるしく変わり、「今までの大統領選挙は保守派候補を審判するものだったが今回は文候補への賛否を問う選挙となった」(韓国世論調査会社関係者)ともいわれ、選挙戦終盤の土壇場では、「保守VS進歩」という定番のフレームに戻った闘いとなった。
保守層の漂流
今回の選挙の鍵を握ったのは、保守層の票だった。
2月初め、保守派の大統領候補として有力視されていた潘基文・前国連事務総長が不出馬を宣言し、3月には朴槿恵前大統領が弾劾審判で罷免されると保守派の存在感はなくなり、保守層の漂流が始まった。
大統領選挙の候補者が出揃うと保守層が最初にたどり着いたのは安候補だった。しかし、終盤に入ると、保守派の洪候補への揺り戻しが始まった。
洪候補は中盤までは1ケタ台の支持率しかなかった。それが終盤一気に16%まで押し上げ、投票日直前には20%を超えて安候補を抜いたと囁かれた。
投票日数日前、洪候補に票を投じる予定だという保守派の60代の男性はこんな風に話していた。
「保守派の候補がどんどんいなくなって、だから、最初は安哲秀を支持していました。でも、テレビ討論会などを見たり聞いたりしているうちに安は国政運営には経験不足を感じたし、北朝鮮に対しても確固たる態度ではなかった。親北の文在寅だけは阻止したかったから、洪準杓のような品性のかけらもないヤツはそれこそ嫌いですが、どうせだめなら保守の精神を受け継いでいる洪に入れるしか選択肢が見つからない」
洪候補を支持した高齢者
洪候補の支持者は60代以上に集中しており、選挙活動最後の遊説集会に参加していた人々も見渡す限り高齢者だった。その光景は弾劾に反対していた太極旗集会のデジャブのようで、旗を振りながらバランスを崩してよろけたり、途中で疲れてしまったのか後方で休んでいる人もいた。それでも洪候補の叫ぶ「左派執権阻止」に呼応し拳を振りかざす。60代以上の投票率は高く、前回の選挙でも80%を超えた。今回2位に上がったのにはこうした背景もあるとみられる。
中盤まで文大統領と競っていた安候補は終盤に入って突然、失速した。韓国全国紙記者が言う。
「支持率低下の原因はさまざまでしょうが、浮動票となった保守票を取り込むため保守寄りの発言をしたり、曖昧さが目立ち中道派の安哲秀らしさが消えて、進歩層の支持者も遠のいた。保守層は安候補が自分たちの味方かどうか品定めしていたが、最終的には信じられなかった人たちが洪に戻ったのでしょう」
別の記者は保守票の“回帰”をこう見立てた。
「終盤に安候補の支持が洪候補に流れたのは結局、保守層が現状維持を望んだことの表われです。この9年間李明博、朴槿恵政権と続いた自分たちの基盤を失いたくなくて最後に集結した。保守派でも朴前大統領を弾劾に追い込んだ候補者もいたが、弾劾罷免という汚点を残しても、それを受け継いでいる候補を堅固に支持したことに正直、驚いた」
それでも議席数も少なく基盤もない安候補の健闘ぶりに少し希望が持てたとも続ける。
「分裂する社会はこりごりです。中道派の安候補への支持率を見て、保守と進歩の間で揺れていた振り子の振れ幅が少しずつ狭まっているのを感じました」