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拍子抜け会見のカルロス・ゴーン被告は「結果バイアス」の人だった

「実名を出す」はメディアへの撒き餌か

2020/01/10
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顔は紅潮し、手振りも大きく、得意気になっていった

「私は正義から逃げたのではない。政治的迫害から逃れたのだ」

 会場が暑かったのだろうか、それともゴーン氏のテンションが上がっていったのだろうか。ゴーン氏の顔はどんどん紅潮し、手振りも大きくなっていく。人質司法、非人道的司法と海外メディアが飛び付きやすい言葉を用いて話すと会場からも時おり声が上がる。それに応えてゴーン氏の表情もどんどん変わっていく。得意気になっていく様子から注目を浴び、ちやほやされることを渇望していたのだろう。

©iStock.com

「そもそも逮捕されるべきではありませんでした」

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 クーデターでは「ハリ・ナダが裏切った」と、司法取引で証拠を提出したとされる日産の専務執行役員について淡々と語る。「自分だけが悪いわけではない」と怒りと憤りとうんざりした表情が表れ、裏切られたと印象づける。細かな資料を提示したものの、その場で白黒判断できるような明確な内容ではなかった。実際の証拠をここで出してしまえば、報道の中心は自ずと日産のクーデターや事件の解明へと向かい、ゴーン氏本人への関心は薄れてしまう。

各国メディアを自分の主張する方向に誘導

 この1時間の目的は、各国メディアを自分の主張する方向に誘導するためだったと考えればわかりやすい。企業のプレゼンと同様、ゴーン氏に有利な情報を参加者に与える役割を持っていた。

 日産事件の詳細を知らない各国メディアは、細かな資料や罪状を説明されてもすぐには呑み込めないが、被告が去ってから日産の市場価値が下がったという話や日本の司法制度の批判なら理解しやすい。国際世論を味方につけるだけでなく、質疑応答で答えたくない面倒な質問を極力減らすという意図もあったのだろう。

資料を示したものの、ほとんど意味を成さなかった ©AFLO

「どうやって日本から脱出したのかについて、今日は話しません」

 ゴーン氏は逃亡の詳細を語らなかった。協力者に迷惑がかかるという理由だが、それだけではないかもしれない。フランスの記者から「箱に隠れてどんな気持ちだったか?」と問われると「自分が死んだも同然だと思った」と答えたからだ。どんな気持ちかという自分への質問には答えるが、箱に隠れたという事実以外、逃亡方法については口を閉ざした。ここでその詳細を語れば、メディアで報道されるのはゴーン氏の主張ではなく、逃亡のあれこれであり、その後は各国の空港のセキュリティ事情へと移ってしまう。