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 そんな、ホームステイ先へと旅立つ前日。ウェルカムパーティを終え、ホテルに戻った妹子たちのうち数人で、不安のあまり一つの部屋に集まった。二つの中学校から選抜されたチームだったが、異国の地で唯一日本語の通ずる相手ということで、チームの結束は自然と強固なものになっていた。いよいよ明日からは全員別々の家庭で、さっき会ったばかりの人々と英語のみで生活しなければならないのだ。そのプレッシャーは凄まじく、私たちは「緊張するな……」「楽しみでもあるけど、やっぱちょっと怖いよね」なんて、一人では抱えきれないワクワクやドキドキを分かち合った。

 そろそろ各部屋に戻ろうか――そんな空気が流れたときだった。私は、とある男子が、部屋にある大きな窓の向こうを、じっと凝視していることに気がついた。

「どうしたの?」

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 私も窓の外へと目を凝らす。しかし、あまり視力のよくない私は彼が何を見ているのかよくわからない。

「……なあ、向かいのホテルの、あのカーテンが開いてる部屋……」

 彼が、ぽつりと呟いた。

「ヤってねえ?」

 

 !

 

 思春期真っ盛りの十四歳たちは、無言で窓際に吸い寄せられた。道路を挟んだ向かい側にある大きなホテル、ずらりと並んだ各部屋の窓の中で、カーテンが開けっ放しになっている一室がある。確かにそこでは、裸の男女が、この部屋にいる十四歳たちが一度も取ったことのない体勢をキメていた。

「……うわあ……」

「すげえ……」

 そのとき、さっきまで健気に分かち合っていたドキドキ、ワクワク、初めての海外、明日への胸の高鳴りなどの要素は一掃され、(エッロぉ……)というたったひとつのモノローグのみが私たちの感じ取ることのできるすべてとなった。結局その後どんな会話をして自分の部屋に戻ったかは覚えていない。だが、あの日初めて、映像などではなく本物の、外国人同士のまぐわいを目撃したという記憶は今でも強烈に脳に焼き付いている。

 早くホームにステイしろよ、という読者の声が聞こえてきそうなので、時間を進める。私も書きながらそう思っていた。

初めてのホームステイ(3)に続く

風と共にゆとりぬ

朝井 リョウ (著)

文藝春秋
2017年6月30日 発売

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