大好評発売中! 朝井リョウ最新エッセイ集『風と共にゆとりぬ』より、収録エッセイの一部を特別掲載。初めての異国の地でのホームステイ、中学生朝井を襲う数々の試練とは!?
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初めてのホームステイ(1)
二十代も後半になると、友人の結婚、または出産と、退職、または転職が激増する。前者に関してはほぼ毎月のように結婚式に出席するような日々である。みんな「結婚式って恥ずかしいよね……」「忙しい人たちを呼び寄せて、幸せな私たちを見て! っていう会だからね……」とブツブツ不平不満を漏らしつつもちゃんと遂行するので本当に偉いなあと思う。私は主役と主催者が同一人物である式典への不信感が世間の平均と比べて高めなため、自分が最後の挨拶で「ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」と漢字変換もまともに思い浮かんでいないような丸暗記した締めの言葉を放つ瞬間をどうしても想像できないのだが、そんなことはひとまずどうでもいい。今回触れるのは後者だ。
何を隠そう私も、二十代も後半に差し掛かったころ、職業を一つに選択している。今後また二つの職を兼ねるかもしれないし、このまま専業作家として生き続けるのかもしれないが、とにかくやはり二十代後半でひとつ大きな決断をしたのだ。そのことはまた別の章にて詳しく述べるとして、最近、退職や転職だけでなく、それに併せて日本を出る友人が続出している。海外で働く、または海外で学び直すというような体力も気力も必要なチャレンジに臨むには、二十代後半という年齢がちょうどいいのかもしれない。たとえうまくいかなかったとしてまだイチからやり直せる若さがあるし、新しいチャレンジが軌道に乗り始めたとしてそのまま突き進むべきか判断する大人としての能力も備わっている。とある本を出版したときに行ったサイン会でも、何度も来てくれていた同い年の読者の方から、「もしかしたらこれが最後になるかもしれません」と告げられた。勤めていた会社を辞め、オーストラリアへ渡るという。自分の人生の輪郭が見え始めた同年代の、その中でまだやわらかい部分の形を変えようと試みる姿勢は、とてもたくましい。
海外へ渡った友人たちはまず、ホームステイをするケースが多い。その国で暮らす家庭に住まわせてもらうため、一人暮らしをするより割安なのだそうだ。その代り、どんな家庭に当たるかは運任せである。私の友人からも、なぜかホームステイ先の家族が筆談しかしてくれず、読み書きの能力だけがやたらと向上してしまった者、朝ご飯よと言われ葉っぱを差し出され絶句した者など様々なケースを聞く。しかし、逆のパターンを考えてみると、友人たちの不運な話は他人事ではなくなる。私の実家に外国の方がステイするとして、その人は、母の「前から思ってたんだけど……手を使わずに足の指を広げられる人って、本当にすごいよね?」等という日本人でも対応しかねるわけのわからない日本語に向き合わなければならないのだ。母国語でない言語で浴びせられるトンチンカンな発言ほどつらいものはないだろう。