初めてのホームステイ(1)より続く
大好評発売中! 朝井リョウ最新エッセイ集『風と共にゆとりぬ』より、収録エッセイの一部を特別掲載。中学生朝井、ほんの好奇心から応募したカナダのホームステイのメンバーに選ばれて沸き立つ。しかし、英会話は翻訳機まかせのようで…。
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初めてのホームステイ(2)
私がステイすることになるウィリアムズ家は三人きょうだいだった。まず、私と同い年である、十四歳の男の子のジャック。ステイ中は一緒に学校に通うこともあるため、ジャックと私はほとんどの行動をともにすることになる。その下には、年の離れた妹と弟。妹と弟はまだ小学校に入る前とかで、ジャックもかなりかわいがっているようだ。そしてたくましいお父さんと家庭的なお母さんという、絵に描いたように幸せな五人家族。ここに垂井産の一重がブチ込まれるわけである。前作『時をかけるゆとり』では排泄できる場所を求めて山梨の民家に突入した記録を記したが、どうやら私はこのころから見知らぬ家庭の一家団欒を崩壊させる癖があったらしい。
ジャックは活発な少年であるらしく、バスケやサッカーなどいろんなスポーツが好きみたいだ。思いっきり他力で翻訳された文章を読みつないでいくと、最後のほうに、こんな文章が現れた。
【だけど今一番好きなのは、氷のインチキです。なので、こちらに来たときはぜひ一緒に氷のインチキを楽しみましょう!】
文末にエクスクラメーションマークが付くくらい陽気な文章の中、何か薄ら怖いことに誘われていることのみがよくわかった。氷のインチキって何だろう。果たしてそれは異国から来た少年と無邪気に興じる類のものなのだろうか。私は散々頭を悩ませたのだが、やがてそれは、カナダの国技でもあるアイスホッケーのスペル、【ice hockey】からcが抜け落ちたことによる【ice hokey】の直訳だということが発覚した。こんな形で、すぐにメールの文面をコピペするのではなく一度自分で訳してみるべきだという先生の教えが身に染みたのである。【ice hokey】という字面を目で見てさえいれば、見知らぬ外国人と身も凍るような騙し合いをする羽目になるのか、と怯えていた無駄な時間を省けただろう。
早くカナダ行けよ、という読者の声が聞こえてきそうなので、時間を進める。初めての空港、初めての飛行機、初めての税関、とあらゆる初体験にキャアキャアと喚きながら、妹子たちは無事カナダに辿り着いた。聞いていたよりも寒く、想像していたよりも人や道や建物が大きく見えた。日本を発ってから二日間ほどは、ホテルに宿泊し、校外学習という体で観光を楽しんだと記憶している。妹子チームで過ごす最後の夜は、翌日からお世話になるホームステイ先の家族の方々とのウェルカムパーティがあり、いよいよ明日からはバラバラになるのだという緊張感にみんなガチガチだった。