『風と共にゆとりぬ』(朝井リョウ 著)

「ダ・ヴィンチ」BOOK OF THE YEAR 2015 1位(エッセイ・ノンフィクション部門)! 『時をかけるゆとり』に続く朝井リョウエッセイ集、第2弾が完成しました。6月30日の発売に先駆けて、本書より一部を特別公開、ユトリーヌ・朝井の超絶すぎる笑いの世界を披露します。

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対決! レンタル彼氏(1)

 私は藤井隆さんが好きだ。あらゆる場面で「憧れの人は誰ですか」というような質問をされるのだが、一貫して「藤井隆さんです」と答えている。てっきり作家の名前が挙がると思っていたのだろうインタビュアーの方には「ん〜?」と物わかりの悪い幼子をあやすような表情をされることもあるが、そういうときはもう一度言うようにしている。憧れの人は藤井隆さんです。

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 その理由はいくつかある。藤井さんがMCのトーク番組では、ゲストが他の番組に出ているときよりも何割増しかで面白く感じられること、実は作詞作曲の能力がとんでもなく素晴らしいこと、本当に気の合う仲間たちと自分が好きだと思うことを追求し続けていらっしゃること……中でも私は、藤井さんの「なりきり能力」に大変な尊敬を抱いている。

 その能力が存分に発揮されたという点で、十年以上前にテレビ朝日で放映されていた「Matthew's Best Hit TV」はあまりにも有名だ。藤井さんがマシュー・G・南(Gは、弦也 、のG。父親がチェリストであるため、弦という漢字が名前に使われている)という架空の人物としてMCを務め、番組自体も「世界三十五か国で放送されていて、各国で高い支持を受けてきた超人気番組」という設定の上にあった。番組内容はもちろんだが、藤井さん、そして番組スタッフによるマシュー・G・南の造形が見事すぎるあまり、藤井さんはマシュー・G・南としてアンデルセン親善大使に任命されたり、「徹子の部屋」に出演したりと大活躍だった。

 誰かになりきる能力とは、一般的にモノマネと呼ばれるそれに近い。そして、なりきり能力、モノマネ能力における得意分野は、男性脳と女性脳でそれぞれ異なるという。男性脳は、直接的なモノマネを得意とする、らしい。それはつまりマネされる対象の人物が実際に言ったことや特徴的な言動をそのままマネするということなので、男性モノマネ芸人は、実在する人物になりきる場合が多い。原口あきまさやコージー冨田 、コロッケ(敬称略)などが代表例だろう。女性脳は逆に、間接的なモノマネを得意とする、らしい。それはつまりマネされる対象の人物が言いそうなこと、やりそうなこと、すなわち実際には言っていないこと、やっていないことを想像で補うということなので、女性モノマネ芸人は、実在しないけれど実在しそうな人物になりきる場合が多い。友近、柳原可奈子、横澤夏子(敬称略)などのネタが例としてわかりやすいだろう。

 藤井隆さんは、男性だ。だが、アンデルセン関係者の判断能力を鈍らせ親善大使に任命させてしまうほどのクオリティで、実在しないマシュー・G・南という人物を創り上げてしまう。この男性脳と女性脳のハイブリッド感! ステキ! 作品から作者の性や内面を推し量ることができない底なし感! くう〜っ、カッコいい! これだけで打ち震えるような事態なのに、藤井さんは二〇一五年、なりきり界隈にさらなる金字塔を打ち立てる。