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 二〇一五年一月一日放送のテレビ番組「爆笑ヒットパレード」において、片桐健という入社三年目の男性アナウンサーになりきり、約六時間半の生放送を仕切ったのだ。実家でこの放送を観た私は、正月早々完全降伏した。実家のリビングに脇差があれば腹に添えていたかもしれない。なくてよかった。

 降伏、と書いたのは、何を隠そう、私は自分自身に「なりきり能力がそこそこある」と自負しているからである。ええ、うぬぼれていますよ。そもそも私生活を綴って金を稼ぐようなこんなマネ、うぬぼれていなければできないですよ。前作『時をかけるゆとり』で披露した、駆け出しのSEになりきり一年間ほど美容院に通い続けたエピソードでもわかるように、私は気まぐれに誰かになりきることが好きだ。そもそも小説家なんて、紙の上であらゆる別人格になりきる仕事といってもいい。そんな私にとって、藤井さんのなりきり能力は憧れの的でもあり、嫉妬の対象でもあった。

 私も誰かになりきりたい。そんな気持ちは、むくむくと膨らみ続けていた。今考えると思う存分紙の上でなりきれよという感じなのだが、その欲は三次元の世界に向いてしまった。友達同士の会話の中で、とか、そういうレベルのなりきりではなく、できれば藤井さんのように、金銭が絡むステージで商業的に誰かになりきりたい――。

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 そんなときに出会ったのが、「レンタル世界」という作品を書くための足掛かりにもなった、レンタル業者である。

 最近は雑誌やテレビ番組などでも話題になることが多いサービスなので、みなさんも名前くらいは知っているのではないだろうか。重要なので説明しておくが、人間がレンタル業者を利用する目的は大きく二種類に分かれる。

 ひとつは、自分を騙すためのレンタルだ。恋人、友人、悩みを聞いてくれるおじさん……相手は誰からでもいいから友情だったり恋愛感情だったり安心感を得たい人が利用するサービスである。この場合、業者のサイトにはレンタルされる側の顔写真がずらりと並んでおり、利用者はそこから自分好みの誰かを選択することができる。

 もうひとつは、他人を騙すためのレンタルだ。招待する友人がいないのに結婚式をしなければならなくなった場合、のっぴきならない事情で両親を紹介できないのに婚約者が挨拶をしたいと言ってきた場合……などなど、自分以外の人間が必須の場面を乗り切るためのレンタルである。この場合、業者のサイトにはレンタルされる側の人間の写真はもちろん、性別や年齢も一切掲載されていない。条件に合う人間をレンタルしてもらえるよう、利用者は運営者と秘密裡に打ち合わせを重ねることになる。

 私は直感的に、ここだ、と思った。

対決! レンタル彼氏(2)に続く

風と共にゆとりぬ

朝井 リョウ (著)

文藝春秋
2017年6月30日 発売

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