世界は、語られた言葉と、語られなかった言葉でできている。そのシンプルな真実を、カギカッコ(語られた言葉)と地の文(語られなかった言葉)でできている小説という表現手段を駆使して、朝井リョウは読者の胸に突きつけてきた。その手法=文体=メッセージは、デビュー作『桐島、部活やめるってよ』で萌芽し、大学生の就職活動とSNSによるコミュニケーションを題材にした『何者』で大きな成果となって現れた。朝井は二三歳で、戦後最年少直木賞受賞作家となった。

 実写映画化作品が間もなく公開される同作の、「アナザーストーリー」全六編を収めた短編集が『何様』だ。主人公の親友である光太郎が、瑞月をフってまで追い掛けていた女の子は誰だ? 付き合ってすぐに同棲を始めた、理香と隆良のなれそめは? 第一話と第二話は、本編で触れられながらも語られなかった謎を解き明かす、まっとうな「前日譚」だ。と同時に、恋愛の秘密にアプローチする「恋愛小説」でもある。恋愛とは、語られなかった気持ちが語られる、告白という装置によって発動する。第一話ではその手続きが、ミステリーの衣をまといつつ正当に行われているのだが、第二話では裏バージョンが描かれる。第二話の主人公は、自分が抱いている気持ちを他人に語れない、というコンプレックスの持ち主だ。そんな人物だからこそ可能となった告白が、ラストで発動する。こんな邪悪な恋愛小説、朝井リョウにしか書けないだろう。

 第三話以降は、本編の「後日譚」となる時間軸も登場し始める。本編との関連性も薄まり物語の自由度は高まっているが、言葉に対する感性は健在だ。元カレの一言から、物事をすべて「逆算」する癖がついたOL。恋人と語り合うことで、自分の意見は「絶対」ではないと気づく高校生。「むしゃくしゃ」という言葉に、あえて身を委ねようとする男女……。表題作の最終第六話は、入社一年目で人事部に異動となった男の物語だ。まだ「何者」でもない自分が、人を選び優劣をジャッジするだなんて「何様」か? その問いが自家中毒を起こしかけた先で、語られなかった言葉が、語られる。その瞬間、これまで見えていた世界が、まるで違ったものとして立ち現れる。

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 語られた言葉の中に、すべてがあるわけでは決してない。だが、語られなかった言葉が、一〇〇%の本音というわけでもない。語られた言葉と語られなかった言葉の間で揺らいでいるものにこそ、真実が宿る。『何者』で示された揺らぎは、『何様』でより大きくより複雑に、心地よく揺らいだ。

あさいりょう/1989年岐阜県生まれ。2009年『桐島、部活やめるってよ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。13年『何者』で直木賞受賞。著書に『武道館』『世にも奇妙な君物語』『ままならないから私とあなた』、エッセイ集『時をかけるゆとり』など。

よしだだいすけ/1977年埼玉県生まれ。ライター。「ダ・ヴィンチ」「CREA」ほか雑誌を中心に書評やインタビューを執筆。

何様

朝井 リョウ(著)

新潮社
2016年8月31日 発売

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