映画化もされた『武士の家計簿』などで知られるテレビでもお馴染みの歴史家、磯田道史氏。“この希代の歴史家”誕生の裏には、1人の“師”との出会いがあった――。

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磯田 速水融先生との出会いがなければ、私の学問人生はありませんでした。私の歴史家としての方向づけを決める上で、最も影響を受けた人物です。

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磯田道史氏

“日本の歴史人口学の父”との出会い

 こう語る磯田氏の“師”である速水融(あきら)氏は、1929(昭和4)年生まれ。

 慶應義塾大学教授、国際日本文化研究センター教授、麗澤大学教授を歴任し、経済史研究に数量史料の利用を積極的に取り入れ、日本に「歴史人口学」を導入したことでも知られ(速水氏の友人でもある仏の歴史人類学者エマニュエル・トッドは“日本の歴史人口学の父”と讃えている)、「宗門改帳」から個人や家族のライフ・ヒストリーを追う、という新しい歴史分野を開拓した。これらの研究成果を数多くの国際学会にも報告し、晩年まで研究意欲を失っていなかったが、昨年12月4日に90歳で逝去した。

親交が深かったE・トッド氏と速水融氏

磯田 先生のことを知ったのは、私がまだ高校生の頃のこと。今でも鮮明に覚えています。

 高校3年の3月、高校の制服を着て、地元の岡山大学の図書館を訪れました。当時、私は歴史を専攻することははっきりしていても、どの時代にするかは決めかねていて、受験を終えたところで早速、大学の図書館を訪れたんです。

 ところが、入口で「高校生の利用は許可していない」と言われてしまい、落胆していると、あまりに可哀そうだと思ってくれたのでしょう。職員の方が「利用」はダメですが、「見学」ならいいですよ、と言ってくれたんです。それで図書館に入り、別に職員がついて来るわけでもなく、1人で書架の前に行きました。

 書架にある歴史書の題名を1つずつ見始めました。(略)“異色の1冊”が眼に飛び込んできました。『近世農村の歴史人口学的研究――信州諏訪地方の宗門改帳分析』という本で、著者名には「速水融」とありました。