1万2000年前、定住を始めて人類の意識が変わった

 ライフネット生命の創業者・出口治明さんは2014年頃から歴史に関する著作を次々に発表。「週刊文春」の連載「0(ゼロ)から学ぶ『日本史』講義」も好評だ。

 その出口さんが4月から毎月1回、1年間、100人余の受講生相手に講義をする「出口治明の夜間授業『世界5000年史』講義」が始まった。

 開口一番、受講生たちに「皆さんと一緒に1年間勉強したい」と宣言した出口さん。今から20万年前にアフリカに生まれたホモ・サピエンスが、旨い草食獣の肉が食いたくてアフリカを出たのが約12万年前。“グレートジャーニー”の果てに約1万3000年前、メソポタミアやエジプトの地に定住(ドメスティケーション)を始めたところから講義が始まる。

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 狩猟採集生活から農耕牧畜社会への転換で人類の意識が変わった。自然を支配したいという欲望が芽生え、植物の支配が農耕へ、動物の支配が牧畜へ、金属の支配が冶金へと進んでいく。自然界の原理をあれこれ考えているうちに神様の概念に行き着く。ドメスティケーションがもたらしたものが人間の脳の最後の進化で、喜怒哀楽も経営判断も、1万年以上前から変わっていない。そこに歴史を勉強する意味があるのだと、出口さんは言う。

 ソ連崩壊後に公開された中央アジア史の史料や研究成果はそれまでの西欧中心の世界史観を一変させたが、出口さんはその成果を取り入れた上で、過去の出来事を現代の平易なエピソードで喩え、ときに経済や経営の言葉で語る。

イノベーションはサボりたい気持ちから生まれる

 たとえばフェニキア人によるアルファベットの発明。紀元前19世紀頃、フェニキア人はメソポタミアとエジプトという当時の先進地域の中間に位置するシナイ半島に住んでいた。メソポタミアには楔形文字、エジプトにはヒエログリフという文字があって、どちらも文字を操ることができる書記官という仕事が、今で言えば年収1000万円級の花形職種だった。それだけ難しい文字ということだが、両者と交易をしなければならないフェニキア人にははなはだ面倒だ。もっと楽に読み書きできる略字を発明し、後にギリシア人が広めたものが今のアルファベット26文字になる。「イノベーションというのはだいたいサボりたいという気持ちが生むんですね」と出口さん。

 フェニキア人は紀元前12世紀頃に地中海交易の主役に躍り出て、地中海の産物をせっせと現在のシリアのダマスカスに運ぶ。ダマスカスにはアラム人がいて、内陸の交易は彼らが独占した。フェニキア人やアラム人の台頭は、気候の変化がもたらした民族大移動がヒッタイト、ミケーネ、ウガリト、カッシートといった大国を滅ぼした「紀元前1200年のカタストロフ」の結果で、アラム語はメソポタミア全域の「リンガ・フランカ(国際共通語)」になる。紀元前6世紀に大帝国を築いたアケメネス朝ペルシャは、リンガ・フランカとしてペルシャ語の使用を強制せずにアラム語を残した。「アケメネス朝のダレイオス一世は部下に人口調査をさせて、最もコストがかからないアラム語を選びました。誰でも偉くなると自分のやり方を押しつけがちですから、この選択は大したものです」(出口さん)。500年以上後に生きたイエスが話したのもアラム語だった――。

 ユーラシア大陸の東の端から西の端まで、20万年前からイエス登場の直前まで見渡して、第1回目の講義はあっという間に終鈴時刻となった。出口さんの歴史講義の面白さはこんな時間的・空間的な視野の広さ、視点の高さにある。

 夜間授業に今から参加はできないが、全11回を、1万800円(税込)でインターネットで視聴できる「オンライン受講」が、5月25日(木)に始まる。お申し込みは、http://yakanjugyou.com/deguchi/ へ。随時入会可能。