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「四資本」を高めるには

 日本の目指す道は、国連新統計が示すような、国民に蓄積された資産とそれを維持し高めていける持続性である。では、それはどうやったら達成できるのか。それには、まず国連新統計が重視する四つの資本とは何かを説明する必要があるだろう。

人的資本

 人が生産活動に従事するには、その人が与えられた課題を理解し、それに基づいて必要な肉体労働や精神的労働を行えるような能力を備えていることが前提になる。そのような能力は、幼少時から大人になるまでに行われた、人的資本への投資の成果である。

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 経済活動は、ただ労働者の数だけ集めれば出来るものではない。長年、政府や家族、あるいは本人による人的資本への投資が行われた結果として、一人の労働力が成立しているのだ。人的資本への投資が経済活動の出発点である。

生産した資本

 人的資本投資の結果、成立した労働力が、生産設備を使って生産活動を行う。この生産設備も、これまでに行われた、設備に対する投資の成果であり、「生産した資本」の残存高である。これまでに生産された資本の残存高が大きく、その質が高いと、労働者(人的資本の体現者)は大量に高品質の生産を行うことが出来る。

社会関係資本

「ソーシャル・キャピタル」と呼ばれる資本。人と人とのつながりであり、信頼関係である。

 天涯孤独、誰ともつながりを持たないで社会に有益な仕事をしている人などいない。人とのつながりがあって初めて人間は働くことに目標を持ち、仕事にやりがいを見出すことが出来る。社会関係資本の最小単位は家族である。家族の信頼と愛情の中で人は生まれ、成長し、労働力として形成される。家族の次に学校、職場、あるいは所属する非営利組織、趣味の団体、町内会、宗教団体などが人を支える社会関係資本である。

 先に述べたスティグリッツ報告では、これをつながり(コネクテッドネス)と呼んで重視している。人と人のつながりが強いか弱いかは個人の生産性を左右するし、治安や社会の安定性とも関わってくる。したがって、国全体の生産活動を良好な状態で維持するには、社会関係資本を高くし、高水準を維持して行くことが必要不可欠になる。

 そうは言っても、社会関係資本を数値化する標準的な統計はまだ出来ていない。カナダやイギリスなど、国勢調査の際に国民の間の信頼度や主観的な幸福度を聞くことから始めている国もある。

天然資本

 日本では、天然資本というと、石油や鉄鉱石などの地下資源を思い浮かべるだろう。しかし、国連新統計では、それらの資源のほかに、生産に役立つよう、人が手を加えた自然は、「天然資本」として考えられている。水田、牧草地、将来木材として出荷することを目標に植林した森林なども天然資本に入る。その意味では、日本は決して「持たざる国」ではない。

強みをもっと伸ばす戦略を

 GDPを高めることと、四資本への投資は、時として相反することがある。環境への配慮もそうだし、ある意味では、教育もそうだ。人的資本の水準を高めるため、幼児から高齢者まで、多くの人々をいったん生産の現場から離し、教育・研修を行うことは、生産に従事する労働力の投入量を減らすからである。

 しかし、長期的にみれば、四資本への投資は、その国の国民を確実に豊かにする。人的資本への投資をすると、教育水準が高まる。教育水準の高まりは、互いの信頼度の向上に貢献し、社会関係資本の水準も高まる。社会関係資本の上昇は、人にやる気と安心感をもたらす。国連新統計の開発責任者であるダスグプタ教授はこう述べている。「社会が進歩を評価する基準を、長期の持続可能度を把握できるものに変えない限り、この地球とそこに暮らす人々は、短期的な成長政策の重圧に苦しむことになる」と。

 このように欧米各国が重視し、統計開発を始めている新指標で見ると、幸いにも日本はすでに一人当たりの資本残高(豊かさ)で世界トップの水準にある。その強みは、これまでに生産された資本の蓄積と、人的資本のレベルが高いことだ。そして、今後、人的資本と生産した資本をさらに高めるためには、政府による投資を大幅に増やす必要がある。政府投資の強化は、国民の福利厚生度と経済の持続力を高めるだけではなく、中期的には生産高を増やすことにもつながっていくからである。

 日本人はもっと自信を持っていい。「経済成長をし続けなければならない」という古い思い込みから自由になり、四資本の充実という、日本がすでにトップを走っている目標にむけて、経済戦略を設定し直したとき、日本経済は新たな未来を見出すだろう。

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