文春オンライン

虚淵玄と東山彰良を虜にした「台湾布袋劇」。その強烈な魅力とは

『僕が殺した人と僕を殺した人』刊行記念対談

source : 別冊文藝春秋 電子版14号

genre : エンタメ, 芸能, 読書

note

撮影現場にスタント人形が用意されている! 

虚淵 そうですね。伝統を尊重しながらも、常に進化している。人形自体も時代に合わせて変化を遂げているんです。僕が最初に見た霹靂博覧会場には歴代の人形が飾られていたのですが、顔も衣装も、どんどん変わっていっていることが一目瞭然でした。テレビ映えを意識して、細部まで精巧に作り込まれるようになって、結果、体長が30センチから90センチまで伸びていった。顔つきも年々バージョンアップしていて、霹靂布袋劇のヒーロー・素還真(ソカンシン)なんて唯一眉毛のデザインだけは変わらないけど、顔は常にその時々の時代の最先端の美形顔に作り直されている。そのあたりはかなり柔軟です。

日台合同映像企画『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』
虚淵玄が原案・脚本・総監修、制作は霹靂社。16年のテレビ放送を経て、続編を含む新作映像化が2本同時に進行中! ©2016-2017 Thunderbolt Fantasy Project

『サンファン』ではさらに挑戦的な試みをしてくださっていて、ヒロイン・丹翡(タンヒ)の顔は、霹靂さんですら初めて手がけたという「アニメ顔」に挑んでくださっています。

東山 丹翡さん、布袋劇とは思えぬ可愛いらしい顔で、僕もびっくりしました。顔や衣装の造形というのは、どんなふうに決めていったのですか。

ADVERTISEMENT

虚淵 基本的にはグラフィッカーたちがデザインを起こし、それを霹靂の職人さんたちが人形に落とし込んでくれたんですが……霹靂の方々は本当にプロフェッショナルでしたね。30年の蓄積をもとに、デザイン画の段階から続々と的確なアドバイスをくださった。画面で映えるためには何が必要なのか、もっと羽とかマントとか風に揺れるパーツを付けようとか、髪型や衣装の飾り立て方、いわゆる「盛り方」までたくさん伝授してくれました。

 布袋劇の撮影現場もまたすごくて、実際に雨を降らせ、風を吹かせの壮絶な演出で、過酷な撮影用のスタント人形まで用意されているんです。そのこだわりがまたハンパなくて、まるで曲芸を見ているようでした。あの撮影風景こそ、お見せしたいですよ。

 そういう職人気質なところと、進化を恐れず、勇気を持って貪欲に伝統をアレンジしていくところ、両方併せ持っているところに惹かれます。だいたい、僕たち海外組と作品をつくろうと発想することからしてアバンギャルドですよね。

東山 虚淵さんのその度胸もすごいけど(笑)。

虚淵 いやいや、僕は最初に見た素還真シリーズに痺れて、運よく組ませてもらえただけで、幸運でした。自由に遊ばせてもらっているなと思います(笑)。

東山 それが一番ですよ。自分が楽しくないと!

存在感のある人形には伝統と現代性とが見事に融和している

やっと見つけた故郷みたいなもの

虚淵 『サンファン』をやれてよかったと思ってる理由がもうひとつあるんです。実は僕、創作の出発点が小説なんですよね。だから、アニメの脚本書いてても、ついついセリフが長くなっちゃうんです。それがずっと、自分のなかでボトルネックになっていたんですが、布袋劇というのは、弁士の語りあっての映像作品で、饒舌な脚本との喰い合わせがいいんです。まず言葉があって、その言葉を聞いた人形師さんたちがインスピレーションで芝居を付けてくれる。ずっとネックだった語りすぎる脚本が、初めて歓迎されて、ああ、ついに故郷に辿り着いた! と震えました。

東山 虚淵さんと布袋劇は巡り合うべくして巡り合ったんですね。

虚淵 足枷(あしかせ)になっていた部分を武器にできる場所をやっと見つけて、ちょっと運命的なものを感じています。これはひとりだけでは絶対に辿り着けなかった境地です。一方の小説は、そもそも、たったひとりで作品を仕上げる職業です。マンガですら、ひとりで描き上げるには限度がある。逆にいえば、小説ばかりは他人に手伝わせようがない。

東山 そうですね。

虚淵 脳の中の思考というものが言語で成り立っている以上は、それをプリミティブに出力する小説という形態は表現の王道だと思うんです。僕が最初に小説を志向したのもそういう理由でした。

東山 僕は物語に対する渇望が強いから、物語を自分で組み立てて、その中で自分に刺さる一言をとにかくものしたいと思うんですが、虚淵さんの場合はそれだけじゃダメなんですよね。ストーリーとヴィジュアル、さらにはサウンドまでを、立体的に設計しなくちゃいけない。しかも、それを他人と共同作業で仕上げていくんですよね。

虚淵 そうなんですよ、その「どう化けていくかわからない」というところが面白くて。僕はその虜になってしまって、活字からこちらの世界に傾いてしまったんだと思います。

東山 そんな壮大な共同作業は、とても僕にはできそうもない(笑)。僕はかつて、生活が苦しくて、自分の小説が映画化されたらいいなって、考えながら執筆していた時期もあったんです。でも、あるとき、どうせ売れないんだったら好きにやろう。物語に乗っかって、勝手に終わるところまでとことん付き合おうって決めたんです。どうせ失敗したって誰にも迷惑かからないんだから。さっきおっしゃったみたいに、シリコンで作ったら大量に作れるんだけど、もうこれからは一個一個手彫りでいこうというメンタリティに立ち返ることができたんです。果たしてそれが僕の気質によるものなのか、あるいは台湾の風土で培われたものなのかはっきりとはわからないけど、いずれにしても、こういう心持ちは悪くないなと思っています。

 

虚淵玄(うろぶち・げん)
1972年生まれ。シナリオライター、小説家。ニトロプラス所属。2011年、脚本を手がけたTVアニメ『魔法少女まどか☆マギカ』で文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞受賞。主なアニメ作品に『PSYCHO-PASS サイコパス』『翠星のガルガンティア』『楽園追放 -Expelled from Paradise-』など。16年より武侠ファンタジー人形劇『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』の原案・脚本・総監修を担う。

東山彰良(ひがしやま・あきら)
1968年台湾生まれ。5歳まで台北で過ごした後、9歳の時に日本に移る。福岡県在住。2002年「タード・オン・ザ・ラン」で第1回「このミステリーがすごい!」大賞銀賞・読者賞を受賞。09年『路傍』で第11回大藪春彦賞受賞。13年刊行『ブラックライダー』が「このミステリーがすごい! 2014」第3位、第5回「AXNミステリー 闘うベストテン」で第1位に。15年『流』で第153回直木賞受賞。16年『罪の終わり』で第11回中央公論文芸賞受賞。17年5月、最新刊『僕が殺した人と僕を殺した人』刊行。

対談写真:鈴木七絵/文藝春秋

2017年6月20日発売の「別冊文藝春秋」電子版14号より抜粋

別冊文藝春秋 電子版14号

文藝春秋
2017年6月20日 発売

購入する

僕が殺した人と僕を殺した人

東山 彰良(著)

文藝春秋
2017年5月11日 発売

購入する
虚淵玄と東山彰良を虜にした「台湾布袋劇」。その強烈な魅力とは

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

別冊文藝春秋をフォロー