いまから40年前のきょう、1977(昭和52)年6月12日、全米女子プロゴルフ選手権(サウスカロライナ州ノースマートルビーチ)で、樋口久子(31歳)が日本人初の優勝を決めた。最終ラウンドでは9番ホールまでアメリカのパット・ブラッドレーがリードしていたが、最後には樋口が3打差をつけ、トータルスコア279で大会を制する。獲得した賞金は2万2500ドル、当時のレートで約670万円だった。

 樋口久子は中村寅吉に師事し、1967年、女子プロゴルファー1期生のテストに最高成績で合格する。70年からは、佐々木マサ子とともにアメリカ遠征を開始。自炊用の鍋や釜を持参で、安ホテルに泊まりながら転戦し、武者修行を続けた。この間、74年のオーストラリアでのウイルズ・オーストラリアン・レディス・オープン、76年のイギリス・ロンドンでのコルゲート・ヨーロピアン女子オープンで優勝し、自信をつける。今度はアメリカで優勝しようと彼女が挑んだのが、全米女子プロゴルフ選手権だった。

 海外遠征を続けるなか、樋口は飛距離を伸ばすために独特の打法を編み出していた。外国人選手のなかには「あれではうまくいかない」と言う者もいたが、結果的に誰もが彼女の打法を認めるにいたる。優勝を報じた現地の新聞は「機械のように正確なショット」と称賛した。

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 ゴルフのメジャー大会を制した日本人選手は、男女を通じて、いまなお樋口だけである。2014年には、ゴルフ界からは初めて文化功労者に選ばれた。

プロゴルファーの樋口久子 ©共同通信社