必要があれば部署の垣根を取っ払う
広瀬 川邊さんに「これまでヤフーで働いていてベストな仕事の環境はいつですか?」とお聞きしたら「東日本大震災直後だ」と言うんですよね。部署も役職も関係なく社員が役員フロアに寝袋を持って集まって、サービス復旧や震災関連のプロジェクトを進めていたときが、企業としてのパフォーマンスが一番よかったと感じたそうです。毎日あんな強行軍をするのは無理でも、必要があればいつでも部署の垣根を取っ払えるようにしたいんだと言われたんです。
――『シン・ゴジラ』の「巨災対(巨大不明生物特設災害対策本部)」のように、専門性も年代も性別も超えたチームがいつでも集まる、そんな行動を促すオフィス環境にしたいと。
広瀬 まさにそうですね。もともと役員直下のプロジェクトメンバーは役員フロアで働いていたわけですが、役員自身のブースも共用空間に置くことで、役員と社員のあいだの壁も取り払われる。とはいえ、仕事の最中に後ろから見られると気になることもあるからブースにして、少し床の高さも上げたりといった工夫はしています。役員それぞれの会議室も作りましたが、それらはガラス張りにしました。そんな工夫の一つ一つを企画書にして意見をもらい、デザインに落とし込んでいったんです。完成後にお邪魔したら、宮坂さんも自分用のプリンターをデスクに置いて共用空間でお仕事されていて、すごく嬉しかったですね。
「働きかた」を変えるだけでなく「働きかけ」を
――ただ、フリーアドレスと集中作業ブースを併設した企業でも、生産性が思うように上がらずに固定アドレスに戻った例を耳にします。
広瀬 つまり空間や制度で「働きかた」を変えるだけじゃ足りなくて、「働きかけ」をしなければいけないということだと思うんですよね。僕も含めて日本人はシャイなので(笑)、ブースがあればやっぱりブースにこもってしまうし、みんなが黙ってフリースペースで仕事をしたところで、イノベーションが生まれるわけじゃない。交流が生まれる設計も必要だし、同時に人と人を繋いだり盛り上げたりするファシリテーターも必要なんですよね。川邊さんはすぐれたファシリテーターだと思いますが、そういう存在がいるかいないかは大きいと思います。
――ふだんは緩やかに繋がっていて、ある時にギュッと濃くなるような関係性を、日常にどうセットしておくかということですね。
広瀬 そう、緩やかにしておかないと新しい人が入ってこられなくなりますからね。
僕は「デジタルファブリケーション協会」というところの理事もやっているんですけど、その協会でソニーの品川本社ビル1階の「ソニークリエイティブラウンジ」の運営サポートを行っています。ここは初回だけソニー社員の紹介があれば誰でも自由に入れて、3Dプリンターなどのデジタルファブリケーションが自由に使えます。ソニーとしては外部の人との交流を商品開発などでのイノベーションに活かすのが狙いなんですが、情報などのセキュリティは弱くなる。どちらを取るかで外部との交流を選んだわけですね。
で、やってみると、社外の人が多くいて、かつファブリケーションという目的がある場に、社内の人たちが集まれるということが大きいみたいなんですね。クローズドの場でやろうとすると、特別な人だけが集まる場になってしまう。アイデアを議論するだけの場は心理的な負荷が高すぎる。社内の人もいるくらいの場で、さらに別の目的がアリバイとしてあると、自由に話し合いやすくなる。川邊さんが料理していたのも発想は同じです。そういう工夫なしにいきなりフリーアドレスにしても、なかなかうまくはいかないだろうと思います。
写真=佐藤亘/文藝春秋