年齢を重ねるごとに、ダジャレを好むようになるのは人の常。ならばこちら、絵画の世界のダジャレ王による作品群もぜひ堪能したい。国立西洋美術館での「アルチンボルド展」だ。

撮影/筆者

草花、野菜、魚介……で人物を描く

 ひとつの言葉に異なる複数の意味を含ませて、イメージのズレを楽しむのがダジャレのしくみ。16世紀のミラノに生まれた画家アルチンボルドの絵画も、ひとつの画面を複数の見方ができるよう構成して、観る側が多様なイメージを抱くことができるようになっている。

 たとえば、アルチンボルドの代表的シリーズと目される「四季」より《春》を見てみれば、遠目には画面いっぱいに人物の横顔が描かれている。ポーズはすこし生硬であるものの、穏やかな表情を浮かべ、服装から察するに地位ある身分の高い人物と推測できる。

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ジュゼッペ・アルチンボルド《春》 1563年 油彩/板 マドリード、王立サン・フェルナンド美術アカデミー美術館蔵 © Museo de la Real Academia de Bellas Artes de San Fernando. Madrid

 などと考えたのちに絵に一歩ずつ近づいてみれば、違うものが目に飛び込んできて思わず声を上げそうになる。画面全体が、無数の草花で覆われているのだ。緑色の服は木々の葉っぱ、立派な襟は白い花弁が鮮やかな野花でできていて、頭部は色とりどりの花束のよう。唇は深紅のバラで、耳は大ぶりのシャクヤクだ。全体で80種を超える草花によって、人体が構成されている。

 シリーズを構成する他の作品も同様。《夏》はナスやブドウといった夏の収穫物を集めて人物像が描かれ、《秋》はカボチャのような野菜や果物で、《冬》は大きな切り株とキノコ、レモンなどで老いた人物が表現される。

ジュゼッペ・アルチンボルド《夏》 1572年 油彩/カンヴァス デンヴァー美術館蔵
©Denver Art Museum Collection: Funds from Helen Dill bequest, 1961.56 Photo courtesy of the Denver Art Museum

 アルチンボルドには「四大元素」の連作もある。かつて世界のすべては大気・火・大地・水の元素でできていると考えられており、その要素をそれぞれ人物像として可視化しているものだ。《大気》はクジャクをはじめ無数の鳥で、《火》は燃え盛る炎やロウソク、銃などで、《大地》はヒツジ、ウシ、ゾウ、ウサギなど野生動物、《水》はカニ、タコ、エイその他の魚介類によって構成されている。

度を越したレベルの「だまし絵」

ジュゼッペ・アルチンボルド《秋》 1572年 油彩/カンヴァス デンヴァー美術館蔵
©Denver Art Museum Collection: Gift of John Hardy Jones, 2009.729 Photo courtesy of the Denver Art Museum

 遠目に人物像を把握して、そのどこかユーモラスな佇まいや表情に惹かれて近づくと、ある地点であらゆる細部がテーマに基づいたモノで構成されていることに驚嘆させられ、さらに近寄ってモノの一つひとつをじっくり観察したくなる。そんなプロセスを経るから、一枚の絵の前でずいぶん長い時間をかけることになる。あらゆる作者は基本的に、作品の前でいかに長く足を留めて観てもらうかに腐心して、奇抜なモチーフを扱ったり描写を尋常でないほど細かくしたりと、あれこれ手を尽くすもの。その点、アルチンボルドは大成功を収めているといっていい。

 何らかのモノを寄せ集めて、異なる何かを現出させるこうした絵画を「寄せ絵」という。手法としては世界中のどの地域でも、ずっと昔から脈々と受け継がれてきた絵画手法というか遊び方である。ただ、これだけ大規模かつ丹念に寄せ絵を描いた例は、アルチンボルド以外になかなかない。

ジュゼッペ・アルチンボルド《法律家》 1566年 油彩/カンヴァス ストックホルム国立美術館蔵 ©Photo: Hans Thorwid/Nationalmuseum

 寄せ絵は、言い方を変えれば「だまし絵」。ダジャレみたいにちょっとした笑いを取りたくて描かれていると考えてもいい。とはいえ、アルチンボルドくらいになると、思いつきのダジャレとは域が違う。長らくハプスブルク帝国の宮廷画家を務めたほどの画家ゆえ、モノの描写の克明さ、それぞれのモノに託した含意、それらを組み合わせて人物像をつくるときの構成の妙、どれをとってもひじょうにハイレベル。展示には、同時代の他の画家による寄せ絵も出品されている。それらと比べると、アルチンボルドの技量がどれほど抜きん出ているかよくわかる。

 よくよく練られ、時代を経て洗練されてきた古典落語のような趣と貫禄を持つアルチンボルド作品の一つひとつに、しばし足を留めてじっくりと向き合いたい。