被災地に佇む樹木の強さと優しさ
日高理恵子の室から歩を進めると、こんどは宮永愛子の展示空間となる。ここにあるのはたったひとつの作品のみ。《景色のはじまり》だ。
日高は金木犀の葉をたくさん集めて、それらを葉脈だけのかたちにしてから、一枚ずつをつないでいった。何万枚もを費やして、高い天井からフロアへと垂れかかるほどの金色の大きなベールが紡がれた。こんなにも繊細で、しなやかで、香気に満ちた布なんて、見たことがない。布状のもの全体が、静かにゆっくり呼吸しているのが感じられるようでもあった。
次なる室へ行くと、畠山直哉による写真作品「untitled(tsunami trees)」シリーズが並んでいた。どこか寂しげに立つ一本、もしくは数本の樹木が、写真に収められている。
樹々の姿にどこか傷ついたかのような、それでいて傷を跳ね返す生命力を感じたとしたら、それもそのはず。キャプションに撮影地が明記されていて、その地名を読んでいくと「宮城県亘理町」「福島県南相馬市」「宮城県石巻市」「宮城県気仙沼市」……。
そう、いずれも東日本大震災の被災地である。
自然の猛威の凄まじさと、被ったダメージ、またそれらを耐え抜きなんとか復しようというエネルギーなど、土地に渦巻く複雑な感情や力学が、樹木に象徴して表されているように思える。
各アーティストがつくり上げた空間は、彼ら彼女たちが創造した樹木によって、なんとも瑞々しくて清々しい空気が生まれていた。ただしどの室の空気も、湿り気や匂いはバラバラで興味深い。ああ視覚だけじゃない、いいアートはたしかに五感のすべてに訴えかけてくる。アートとは全身全霊で体感するものということを、教えてくれる展示だ。