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“東大合格者”を増やした学校。その秘密は“交通網の発展”にあった

開成、灘、ラ・サール……“名門校”と“乗り物”の関係

2017/07/02

“湘南新宿ライン効果”があった2つの名門校

 もちろん、交通網の発展はひとつの要因にすぎないが、次のケースは、進学塾、学校関係者では広く知られている。

 横浜の聖光学院、池袋の豊島岡女子学園のケースだ。

 2001年、JR東日本に湘南新宿ラインが誕生した。横浜、池袋間を乗り換えなしで移動できる。同年に入学した聖光学院中学の湘南新宿ライン1期生(2007年卒)の東大合格者は48人。ライバル栄光学園高校(44人)を初めて抜いた。2010年から2014年まで65人、60人、65人、62人、71人と順調に伸ばしている。また、豊島岡女子学園の同1期生は14人が合格、2010年24人、13年27人と上昇気流に乗った。

 なるほど、たしかに最近の中学受験では生徒、保護者にとって通いやすさが大きなポイントになっているのには納得がいく。

 一方、桐蔭学園は1990年代前半に東大合格者100人以上を数えたが、2017年は2人だった(桐蔭学園中等教育学校は13人)。ここまで落ち込んだのは、ロケーションが郊外で駅から遠いという利便性の悪さ(田園都市線あざみ野、青葉台駅などからバスで10分以上)、もっと近場に中高一貫の進学校ができたからと、進学塾の関係者は指摘する。

灘、ラ・サール、広島学院……西日本は“新幹線”と“空の便”

 西日本の学校はどうだろう。

 1960年代半ばまで東大合格者の出身高校上位は都立高校で占められていた。しかし、ある頃から、灘、ラ・サール、広島学院、久留米大学附設など関西、中国、九州勢が上位をうかがうようになった。70年代以降はベスト10の常連となる。その背景は何か。1964年10月の東海道新幹線の開業だ。これにより、西日本の高校生が東京に短時間で来られるようになり、東大を受験しやすくなったのだ。64年から67年まで灘からの東大合格者は56人、66人、96人、112人と急増、わずか3年で倍増となった。灘の進学校化は新幹線抜きには語れない。

 さらに1975年、山陽新幹線の全線開通で、広島、小倉、博多から東京までの所要時間が短くなる。広島学院からの合格者は74年から76年まで21人、30人、41人と増加する。福岡の久留米大学附設からの合格者は、74年から77年まで8人、30人、21人、35人と増えている。

山陽新幹線の全線開通時 ©時事通信社

 空の便も忘れてはならない。

 ラ・サールのケースである。

 1963年、全日空は初めて宮崎経由、羽田・鹿児島間を運航する。鹿児島から東京へはそれまで夜行列車で24時間以上かかっていたのが、3時間ほどで行けるようになった。ラ・サールからの合格者は63年から65年まで22人、23人、38人と増加する。やがて、羽田、鹿児島の直行便が運航されるようになり、1990年代前半、東大合格者は100人を超すまでになった。

新たな学問、“受験交通学”が誕生?

 鉄道の新線や新駅誕生、相互乗り入れや快速運転開始、飛行機の直行便運航。交通網発展と受験との関係は興味深い。これを研究する新たな学問分野、「受験交通学」なるものがあってもいい。鉄道と教育の関係を探るのはなかなか面白い。ちなみに、鉄道好きには俊才が多く、渋幕、灘、開成、麻布、ラ・サールは鉄道研究部の活動が盛んだ。全国鉄道研究会対抗選手権(鉄研甲子園)では筑波大学附属駒場が優勝したことがある。「受験交通学会」があるとしたら、会長は前東大総長の浜田純一さんしかいない。彼は灘高校鉄道研究会出身である。

東京大学駒場キャンパス ©iStock.com