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韓国で甲状腺がん検診が普及した結果起こったこと

 同じようなことが起こり得るのは、乳がんだけではありません。たとえば、お隣の韓国では、追加料金で安く受けられる甲状腺がん検診(エコー検査)が普及した結果、1999年から2008年の間に甲状腺がんの発生率が6.4倍に増えました。この増加のうち94.4%は2センチ(20mm)未満の小さな腫瘍で、ほとんどが転移のない限局性のものでした(BMJ 2016;355:i5745 )。

 2センチ未満の小さな甲状腺がんのほとんどが進行の非常に遅いタイプで、それが死因になることもあまりありません。実際に、韓国では甲状腺がんの発見が著しく増えたにもかかわらず、甲状腺がんの死亡率は低いままで減りませんでした(N Engl J Med. 2014 Nov 6;371(19):1765-7)。

 こうしたことから、韓国で甲状腺がんの発生率が増えたのは、治療が不必要な病変ばかりを見つける「過剰診断」が増えたことが主な要因だと多くの専門家が指摘しています。過剰診断が増えれば、当然、無用な精密検査や治療を受ける人も増えてしまいます。ですから、発見率が高い検査だからといって、安易に普及させてしまうのはよくないのです。

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国立がん研究センターも「発見率だけでは評価できない」

 また、国立がん研究センターが運営するサイト「がん情報サービス」では、がん検診の効果を評価するのに「発見率」だけではダメな理由として、対象となる集団の影響を大きく受けることを理由にあげています。

 がんの多くは、高齢になるほど罹患率が高くなる傾向があります。そのため同じ検査をしても、高齢者が多い集団では発見率が高くなり、若い人が多い集団では発見率が低くなります。このように、集団の偏り(バイアス)の影響を受けやすいので、発見率が高いからといって、診断精度の高い検診とは言えないと指摘しています(国立がん研究センターがん情報サービス「がん検診について」)。

 したがって、ある検査法や検査機器が優れているかどうかは発見率ではなく、死亡率で評価する必要があります。そもそもがん検診は、がんを早期発見・早期治療することで、がんで死亡するのを避けるのが最終的な目的です。その目標を達成できなければ、いくらがんをたくさん発見しても、がん検診として有効とは言えないのです。

欧米で行われている「ランダム化比較試験(RCT)」

 その目的を達成できるかどうかを検証するのに、もっとも信頼性の高い方法が「ランダム化比較試験(RCT)」と呼ばれる臨床試験です。何万人、何十万人という人を対象に、その検査を受けるグループと受けないグループを無作為に振り分けて、数十年後に死亡率が減るかどうかを比較する方法です。

 そんな大胆で、大規模な実験ができるのかと疑問に思う人がいるかもしれません。ですが実際に、欧米では大腸がん、乳がん、肺がん、前立腺がんなどを対象として、たくさんのRCTが行われています。そして、複数のRCTで死亡率が下がることが確実だと証明されて、はじめて「がん検診として有効」と認められるのです。

 がん検診を受ければ、そのがんによる死亡率が下がるという結果になったRCTはいくつもあります。ただし、その効果は期待したほど大きなものではなく、あらゆる死因を含めた「総死亡率」が減ることを証明できた研究もまだありません。そのため、がん検診が本当に有効かどうか、専門家の間でも議論が分かれているのです。

ニュースやネットの「最新のがん検査法」を鵜呑みにしないで

 そうはいっても、やっぱり「がん検診は受けておきたい」という人もいるでしょう。だとしても、「発見率」だけで評価してはダメなのだということは覚えておいてください。テレビ番組や週刊誌の記事、ネットニュースなどで、最新のがん検査法や検査機器が紹介された場合でも、「死亡率が下がった」というエビデンス(科学的証拠)が示されていない限り、たとえ医師が「おすすめします」とコメントしていても、鵜呑みにしてはいけません。それはまだ、海のものとも山のものともわからないのです。

「画期的な検査法」と報道されていても必ずエビデンスをチェックして ©iStock.com

 RCTで検証することが重要なのは、なにもがん検診に限ったことではありません。他の検査法や、新しい薬、手術などについても同じです。医療行為の有効性はどのような方法で評価されるべきなのか、実際にどのレベルの臨床研究でどう評価されているのか、マスコミの人たちもそうしたことを踏まえたうえで、記事や番組をつくるべきだと思います。