少し前のことですが、私の記事を読んだ某テレビ局のディレクターさんから電話をいただいたことがありました。「ある大学で、がんにかかっているかどうか90%以上の確率でわかる画期的な検査法を研究している。特集を組んで放送したいのだがどう思うか」という問い合わせでした。
私は「ある検査ががん検診として有効かどうかは、がんの疑いがある人をたくさん見つけるだけでは評価できません。その検査によって死亡率が下がるかどうかを検証する必要があります。番組で紹介するなら、そうしたことも一緒に説明するべきではありませんか?」と話しました。
しかし、ディレクターさんは世の中の役に立つと思いたいらしく、私の説明だけでは納得できていないようでした。そこで、EBM(科学的根拠に基づく医療)に詳しい医師2人の名前を教えて、話を聞くようお勧めしました。その医師たちにも電話をされたようですが、その後、ディレクターさんがどこまで納得されたのか、連絡がないのでわかりません。
「発見率」が高い最新検査のどこに落とし穴があるのか?
テレビ、雑誌、ネットニュースなどでよく、尿や血液だけでがんがあるかどうかわかるという検査法や、がんの発見率が向上したという最新の検査機器などが紹介されます。このような医療技術の研究開発が進むことは素晴らしいことですし、研究者のみなさんの努力には敬意を払いたいと思っています。
ですが、それがそのまま世の中の役に立つと言えるかどうかは別の話です。とくにがんを早期発見できるという検査法の場合は、本当にそれを受ければ「死亡率」が下がるかどうかを検証する必要があります。がんの「発見率」が高いだけではダメなのです。
がんをたくさん発見すれば見逃しが減り、早期に治療を受けられるので、がんで亡くなる人も減るはずだと多くの人が思うことでしょう。なのになぜ、発見率だけではダメなのでしょうか。その主な理由は、発見率が高くなると、治療しても意味のない病変ばかりをたくさん見つけてしまう可能性があるからです。
「がん」と見なされる病変の中には、どんどん増殖・転移するものだけでなく、増殖のスピードがゆっくりで、転移することなく、結果的に命取りにならないものも少なくありません。こうした病変ばかりを発見しても、人の命を救うことにはつながらず、無用な検査や治療ばかり増やしてしまうことになるのです。
乳がん検診の最前線で今起きている問題
たとえば現在、国内で40代の女性を対象に、マンモグラフィとエコー(超音波検査)を併用した乳がん検診の有効性を検証する「J-START」という臨床試験が行われています。若いほど乳腺組織が発達していることが多いため、マンモグラフィでは乳房全体が白く映ってしまい、腫瘍が見逃されやすいという難点があります。そこでエコーを併用すれば、見逃しが減って、死亡率も減るのではないかと期待されているのです。
そのJ-STARTの中間報告が2015年に報告されました。それによると、マンモグラフィだけの検診を受けた人に比べ、マンモグラフィとエコーを併用する検診を受けた人のほうが早期がんの発見率が増え、本当に乳がんの人が乳がんと間違いなく診断される割合(感度)も高くなるという結果でした。
しかし一方で、乳がんでない人が乳がんでないと間違いなく診断される割合(特異度)も下がってしまいました。つまり逆に言うと、結果的に乳がんでなかったのに、乳がんの疑いありとされる「偽陽性」の人が増えてしまったのです。そのため、乳がんでないのに要精密検査とされて、乳房から組織を採る「針生検」を受ける人が増えてしまいました。
それにまだ、マンモグラフィ単独に比べ、エコーを併用した検診のほうが、死亡率が下がるかどうかはわかっていません。もしかすると数十年後に、エコーを併用した検診を受けたほうが死亡率は下がるという結果が出るかもしれませんが、効果なし、あるいは逆の結果になる可能性も残されています。
こうしたことから、この研究を行っている専門家の方々も、乳がん検診にエコー検査を採り入れるべきかどうか判断するのは、「時期尚早」と語っています。発見率が高いから、がん検診として優れているとは単純には言えないのです(日経メディカル「『J-START』試験が与えるインパクトとは 超音波検査併用検診の有効性を検証する大規模臨床試験が国内で実施」2016年3月15日)。