この5月、歌舞伎役者の中村獅童さん(44)と歌手の麻倉未稀さん(56)が「がん」と診断されたことを公表しました。芸能人のがん罹患のニュースが相次いでおり、驚きを持って受け止めた人も多かったのではないでしょうか。
中村獅童さんは右肺に3センチ以下の腫瘍が見つかり、ステージ1Aの早期肺腺がんと診断されました。内視鏡による手術を受けて、2ヵ月間休養をするそうです。また、麻倉未稀さんは左乳房に2センチ以下の腫瘍が2個見つかり、全摘手術を受けると報道されました。いずれも人間ドックの受診をきっかけに、がんが見つかったのだそうです。
異口同音に「早く見つかってよかった」というコメントが並ぶが……
がんと診断された限りは、放置することはできないでしょう。お二人が適切な治療を受けて回復され、一日も早く仕事に復帰されることを私も心から願っています。ただ、お二人の決断とは別に、気になることがありました。それは、この件がワイドショーやネットニュースなどで報道されるたびに、「早く見つかってよかった」「やっぱり検診は大切ですね」といったコメントがされてしまうことです。
これまでもこのコラムで指摘してきましたが、近年、欧米で行われた臨床試験では、がん検診の死亡率を下げる効果に否定的な結果の報告が相次いでいます。がん検診の効果は私たちが思っているほど大きなものではなく、それによって長生きできる確実な証拠もありません(「やっぱり『がん検診』を受けなくていい理由」など)。
それに、そもそも「早期発見」が無条件にいいことであるのかどうかは、それほど自明なことではないのです。早く病気を見つけたからといって、必ずしもその人にとって幸せな結果になるとは限らないからです。
進行の遅い前立腺がんを手術しておむつが手放せなくなることも
そのもっともわかりやすい例が、「前立腺がん」です。このがんは進行が非常に遅いため、早期で発見された腫瘍が進行して広がり、さらに転移をして死に至らしめるまで10年以上もかかることが多いのです。
ということは、70歳の男性に早期の前立腺がんが見つかったとしても、80代もしくは90代にならないと、命取りにならないということになります。ちなみに、日本人男性の平均寿命は80.79歳(2015年)です。したがって、前立腺がんで死亡する前に、他のがんや心臓病、脳卒中、肺炎など、別の病気で亡くなってしまう可能性も十分にありえます。
前立腺がんの発見には、PSA(前立腺特異抗原)という血液検査が用いられます。70歳のときにPSA検診で早期がんが見つかって、手術を受けたとしましょう。前立腺を無事摘出することができ、「ほっと一安心」となるかもしれません。
しかし、米国予防医学専門委員会(USPSTF)によると、55~69歳の男性1000人が1~4年ごとにPSA検診を受けた場合、0~1人が前立腺がん死亡を回避できるかもしれない一方で、前立腺がんと診断された110人のおよそ90%が治療を受け、検診を受けた1000人のうち29人に勃起障害、18人に排尿障害が起こるとされています(Ann Intern Med. 2012;157:120-134.)。
実際に、前立腺がんの手術を受けた結果、尿失禁のためにおむつが手放せなくなる人も少なくありません。つまり、前立腺がんの不安を取り除けた代わりに、その後の人生で日常生活に不便を強いられる可能性があるのです。
前立腺にがんがあったとしても、とくに高齢者では命取りにならない可能性が高いのですから、その存在を知らずに一生を過ごすほうが、ほんとうは幸せなのかもしれません。実際、USPSTFはPSA検診を「推奨しない」とする「D」ランクに格付けしています。
また、米国家庭医学会も「無症状の人や余命が10年未満の人には、前立腺がん検診は不必要」と勧告しています。