早期肺がんとして手術していた病変が実は……
このようなことが言えるのは、前立腺がんだけではありません。たとえば、早期の肺がんです。人間ドックなどでCT検診が普及した結果、「すりガラス状結節」と呼ばれる胸部X線では見つからなかった、淡い影を示す病変がたくさん見つかるようになりました。以前は、早期肺がんと見なされて、積極的に手術が行われる傾向がありました。
しかし、近年、すりガラス状結節の中には、大きくなるスピードがゆっくりで、転移もしないタイプもあることがわかり、悪性度が低いと診断された場合は、すぐに手術せずに定期的にCTを撮る「経過観察」とされることが多くなりました。
悪性度が高いと診断された場合や、年々大きくなることが確認された場合は、手術が検討されることになります。ただし、手術をすると当然のことながら肺の一部を切り取ることになりますから、階段を昇るときや重いものを持ったときに息切れしやすくなるなど、呼吸機能が低下する恐れがあります。
とくに高齢者は、手術による後遺症の影響が大きくなります。ですから高齢者が肺のCT検診を受けて、すりガラス状結節が見つかった場合、あわてて手術してしまうと、生活の質が大きく落ちて、かえって寿命が短くならないとも限りません。
CT検診を受けず、早期発見しなかったほうが、かえってよかったということも十分ありうるのです。
5万人を10年間追跡してわかった「乳がん検診で乳がん死亡率は下がらない」
こうした問題が起こり得るのは、高齢者だけではありません。女性では乳がんで同様の問題が指摘されています。
乳がんと診断された約5万人を10年以上追跡した米国ハーバード大学とダートマス大学の研究によると、マンモグラフィ検診の実施率が10%増加すると乳がんの診断数が全体で16%増加する一方で、乳がん死亡率は下がらないという結果でした(JAMA Intern Med .2015 Sep 175(9):1483-1489)。
つまり、この研究の結果は、乳がん検診を実施すればするほど「早期乳がん」と診断される小さな病変の発見が増えるけれど、実際には治療しなくても命に別状のない病変や進行のゆっくりながんばかりをたくさん見つけてしまっている可能性があることを示唆しているのです。
他にも、乳がん検診では死亡率が下がらないだけでなく、命に別状ない病変を見つけてしまう「過剰診断」が多いことを指摘する論文はいくつもあります。しかし、現在の医療技術では、どの人が過剰診断にあたるのか見分けることはできません。
ですから、乳がん検診を行えば、無用な手術、放射線、薬物治療を受ける人が、ほぼ間違いなく出るのです。日本では乳がん検診は40代から推奨されていますから、当然、若い人の中にも、過剰診断の害を受ける人がいるはずです。
それに、乳がんの発見が早くなればなるほど、「乳がん患者」として生きる時間も長くなります。若い世代だと仕事や子育てと治療を両立させるのは大変でしょうし、治療が終わっても長く再発の不安を抱えながら生活しなければなりません。
もし命に別状のない病変や進行のゆっくりながんだったとしたら、もう少し遅く発見してもらったほうが、本人にとってはよかったということもありうるのです。
早期発見、早期治療が必ず幸せとは限らないというフェアな報道を
このように、早期発見、早期治療が、必ずしもその人を幸せにするとは限りません。早期発見、早期治療のおかげで命拾いをしたという人がいるかもしれませんが、その一方で、早期発見をしてしまったがために、デメリットを被る人がいることも忘れてはいけないのです。
にもかかわらず、ワイドショーやネットニュースなどを見ると、とにかく早く見つけて、早く治療することが大切だというコメントばかりが目立ちます。これでは多くの人に、誤った認識を植え付けてしまうことになります。
がん検診や早期発見のメリットだけでなく、デメリットがあることも伝えるのが、本来あるべき報道のあり方ではないでしょうか。こと、人びとの健康に関することですので、マスコミの方々には医療を取り上げる際にもフェアに伝える努力をしていただきたいと願って、しつこいようですがあえて書かせていただきました。