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株を持たない社外取締役

 定刻の午前10時、株主総会が始まった。モニタールームにいる知り合いの記者がSNSで刻々と状況を知らせてくれる。

 決算報告すらない異常事態というのに、会場内は思いの外、静かなようだ。質問も「大損したぞ、どうしてくれる!」という激情型はほとんどなく、冷静な内容が多い。

「もっともだ」と思ったのはこの質問。

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「社外取締役の中に東芝株を一株も持っていない人たちがいる。怖くて持てないのではないか」

 確かに6人の社外取締役のうち、前田新造(資生堂相談役)、小林喜光(三菱ケミカルホールディングス会長)、池田弘一(アサヒグループホールディングス相談役)の三氏は、東芝株を一株も持っていない。取締役会議長の前田氏が答えた。

「私が東芝の取締役になって1年9ヶ月になりますが、その間、連日、重大なインサイダー情報に触れており、東芝株を買うのは不可能な状況でした」

 果たしてそうだろうか。

 米国には「取締役(社外、社内を問わず)は相当数の自社株を持たなくてはならない。そうすることで株主利益を守る動機が生まれるからだ」という考え方がある。自己資産の98%を自分が経営する投資会社、バークシャー・ハサウェイの株で保有する投資の神様、ウォーレン・バフェットの名をとって「バフェット基準」と呼ばれている。

社外取締役は「株主の代表」

 日本弁護士連合会の「社外取締役ガイドライン」は社外取締役の自社株保有について「これを積極的に是とする考えと、社外性の観点から非とする考えがある」と両論併記で煮え切らない。

 しかし前田氏は、こうも言ったのだ。

「我々(社外取締役)は株主の代表として課題に取り組んできた」

 ならばやはり、自らも株主になるべきではないのか。バフェット氏のように、自己資産の98%を東芝株で保有すれば、東芝株主は彼らを「自分たちの代表」と認めるだろう。保有ゼロでは発言に重みがない。

東芝株主総会の名物のお土産とお弁当は今年も無し ©大西康之

 緊急動議も不規則発言もなく、総会は2時間58分で終了した。

 明日の新聞各紙はこんな風に書くだろう。

「株主の不満が噴出」

「経営陣への叱責、厳しく」

 だが会場から出てきた株主の一人は、力なく首を振った。

「みんなもう諦めてるよ」

 そうかもしれない。

 粉飾決算の発覚から2年半。事態は悪くなるばかりで、一向に改善しない。銀行や経済産業省に言われるままに、事業の切り売りをしているが、東芝の経営陣からは「何が何でも生き残る」という強い意志が感じられない。

 株主は悟っている。

 今年の株主総会、出席者数は984人。

 粉飾決算発覚前の2014年が6396人、発覚直後の2015年は3178人。粉飾決算発覚後から焼き鳥弁当と電池などの「お土産」の配布をやめたことも関係していると見られる。巨額減損で揺れた2016年が2089人。今年はついに1000人を切った。株を売る人はもうみんな売ってしまったのだろう。

 総会終了の直後、東芝は東京地裁に対し、半導体メモリ事業の売却に反対している事業パートナー、米ウエスタン・デジタル(WD)を相手に「不正競争行為の差し止め」を求める訴えを起こした。WDは米国で、東芝のメモリ事業売却を差し止める裁判を起こしており、訴訟合戦に突入したことになる。

 これで2018年3月までに半導体メモリ事業の売却が完了する可能性は大きく遠のいた。当て込んでいる2兆円の売却資金が入らなければ、東芝の資金繰りは破綻する。株主だけでなく東芝経営陣もまた、自力再生を諦めたのだろうか。

東芝 原子力敗戦

大西 康之(著)

文藝春秋
2017年6月28日 発売

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