カルチャーはコンプレックスから生まれるのでは、との仮説を立て、数々の文献を読み解きながら考察した武田砂鉄さんの最新評論集『コンプレックス文化論』刊行記念対談。前回、中学時代のヒエラルキーが明かされた武田さんとジェーン・スーさんとの対話は続きます。
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スー 『コンプレックス文化論』を読んでまず思ったこと、それは「しつこい」です(笑)。私の本って、読書メーターとかブクログとかAmazonのレビューなどで、何の悪意もなく「しつこい」って書かれていることがあるんです。その意味がよく分からなくて「性格的にしつこいからかな? でも、書いてあることもしつこいのかな?」って思ってたんですけど、今回の砂鉄さんの本を読んで、「あ、しつこいって、こういうことか」とわかった(笑)。読者の追体験ができたと思って。この本で取り上げられている中で言うと、私、天パだったし、下戸だし、もともとは奥二重だったんですよ。今は加齢によって瞼が垂れてきて、自然と幅の広い二重になりましたけど。あと、遅刻はするし、実家暮らしだったし、「背が低い」の逆で「背が高い」コンプレックスだった。結構持ってたなって。
武田 この本で取り上げたコンプレックスの過半数を持っていた(笑)。天然パーマは直ったんですか?
スー いや、縮毛矯正です。女性の場合、クルクルの天パじゃなくて、モアッて広がる人がほとんどなんですよ。毛がまっすぐ毛穴から出てこないんです。雨の日の憂鬱さはストレートの人には絶対に分からないはず。自分では可愛らしく結んだりブローしてたりしたのに、中学の時、友達のお母さんから「えらいわね、うちの子なんて髪の毛ばっかり気にしてるのに、そういうの気にせず、その分、学業をがんばっているんでしょ?」って言われて傷ついたこともありましたね。
武田 スーさんが下戸だってことに対しては、色んな人から「意外?!」って言われてきたはず。「意外?!」周辺の会話、押し並べて面倒くさくないですか。
スー 私は99%の人に初対面で「怖い」と思われるので、下戸はむしろ使えるんですよ。「ギャップ萌え」とまではいかないけれど、「ギャップ」くらいまでは作れるから。割り勘が腹立つのと、「酒飲まないでどうやって恋愛するの?」って話になった時に説得しきれないっていうのはありますけど。
武田 恋愛における酒の取り扱いというか優位性って、概ね幻想じゃないかって気もしますけどね。お酒を飲めるようになってすぐの頃、誰かしらから、酒と恋愛について教示される。それに影響されすぎている気がします。
スー でも、隙が作れるのは確かだと思う。防御壁がすごく高くて厚い女にとっては、本当はお酒が功を奏すると思うんですよね。
武田 その隙、お酒以外では作れないんですかね。
スー 忍耐、ですかね。『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』という本に書いたんですけど、隙ってこの船がどこに流れていくかってことに対して、そのままの空気に任せられる人が作れるものなんですよ。やっぱり座った途端に「ビールの人!」って、テキパキ注文取り始める隙がない人って、間が怖いし、その場がどっちに向かっていくのかがすぐにわからないのも怖い。行先がわからない恐怖心が強い。
武田 今回『コンプレックス文化論』の中で「とりあえずビール!」という悪習についても触れましたが、最近では「ビール以外の人?!」っていう、不束者を吊るし上げるかのような宣言が増えてきましたね。
スー 私が20代前半の頃は「とりあえずビール!」でしたね。そこを割って入って「ウーロン茶」と注文し、白い目で見られる、ここまでがセットでした。でも、下戸だけではなく、多数か少数かで言えば、少数派であることのほうが多かったので、そこに対しての憤りって、実はそんなになかったんですよ。