小林麻央さんや市川海老蔵さんに関する報道はやむ気配がありません。ご遺族のお気持ちを考えると過熱報道に便乗するようで気が引けるのですが、私も書かせていただくことにしました。というのも「週刊新潮」に、「『海老蔵』は三度過ちを犯した!」という衝撃的なサブタイトルを付けた記事が載ったからです。

早く標準治療を始めていたら結果は変わっていたのか?

 その記事「『小林麻央』の命を奪った忌わしき『民間療法』」(2017年7月6日号)によると、一つ目の過ちが、左乳房に「しこり」が見つかった際、精密検査をした病院で3ヵ月後に来るように言われたのに、受診が遅れ8ヵ月後になったこと。二つ目が、再受診の際に標準治療を勧められたのに、麻央さんが首を縦に振らなかったこと。三つ目が、科学的根拠のない気功に頼ってしまい、乳がんの専門医の診察を受けるまで1年4ヵ月も経過したことだと指摘しています。

 最初の精密検査から8ヵ月後に受診した際、麻央さんの乳がんはすでに脇のリンパ節へ転移していることが判明したそうですが、記事には「この段階で治療に取りかかれば5年生存率は90%超」と書かれています。つまり、手術、放射線、薬物療法などによる標準治療をいち早く受けていれば、彼女の命は高い確率で助かった可能性があると言うのです(ちなみに標準治療とは「並」の治療ではなく、科学的根拠に基づき推奨される最良の治療法のことを意味します)。

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 しかし、こうした書き方は、誤解を招く恐れがあります。なぜなら麻央さんの乳がんは非常に進行が早く、見つかった段階でどんなに早く標準治療を始めたとしても、あまり結果は変らなかった可能性もあるからです。

「世界五大医学誌」の一つに掲載された論文の衝撃的な中身

 実はこの6月、米国イエール大学の医師らによる、次のような論文が『ニューイングランド医学雑誌(NEJM)』に載りました。タイトルは「小さな乳癌は小さいから予後良好なのか、それとも予後良好だから小さいのか?(Are Small Breast Cancers Good because They Are Small or Small because They Are Good?)」(N Engl J Med 2017; 376:2286-91)。この論文は注目度が高いようで、英語圏ではすでにいくつかのメディアで取り上げられています。ちなみにNEJMは「世界五大医学誌」に数えられる、世界的に権威のある医学専門誌です。

 この研究は、米国のがん登録システム(SEER)のデータベースを使って2001年から2013年に診断された浸潤性乳がんを抽出し、腫瘍の悪性度やホルモン受容体の状態などに基づいて「予後のいいタイプ」「中間的なタイプ」「予後の悪いタイプ」の3グループに分類、それぞれの腫瘍サイズ、年齢、生存率などとの関係を調べたものです。

 その結果、予後のいいタイプは小さなものが多く、進行のスピードもゆっくりなため、マンモグラフィで見つかってから、かたまりを感じることができるほど成長するまで15~20年もかかることがわかりました。一方、予後の悪いタイプは大きなものが多く、進行のスピードが非常に早いため、その期間は2年未満と見積もられました。

「早く見つけたから予後がいいと思っていたが、それはたぶん幻想」

 このように、乳がんの進行の仕方はタイプによってさまざまで、予後の悪いタイプだと予後のいいタイプに比べて、年単位で見て1ケタも早いスピードで進行することがわかったのです。この論文の筆頭著者であるイエール大学医学大学院外科のドナルド・R・ラニン教授は、米メディアの記事で次のように語っています。

「100年以上にわたり、私たちは大きな乳がんより小さな乳がんのほうが、予後がいいことを知っており、それは早く見つけたからだと考えてきました。ですが、それはたぶん幻想です。早期発見は重要ではありません。なぜなら、そのような予後のいい小さながんは、ずっとたちがいいままで、大きなものにならないからです」(NEW HAVEN REGISTER “Yale study: Small cancers are less dangerous because they’re small”06/07/17)

 つまり、マンモグラフィで見つかるような小さな乳がんの多くは、もともと成長速度が遅い、たちのいいタイプが多いので、早期発見してもしなくても、切除してしまえばほとんどが治ってしまうのです。小さな早期乳がんの5年生存率が90%以上という好成績になるのも、当然と言えば当然だと言えるでしょう。