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麻央さんの乳がんは早く治療を始めていたら結果が変わっていたとは言いきれない

 ですが、乳がんには非常にたちの悪いタイプもあります。すべての腫瘍が大きく成長するわけではなく、その中でもたちの悪い一部のタイプが成長して大きくなるのです。しかも、たちの悪いタイプはあまりに成長が早いので、「マンモグラフィでは、触ってわかる大きさになる前に見つけられないことが多い」とラニン教授は語っています。たちの悪い乳がんほど、早期発見は困難なのです。

 それに、乳がんは「全身病」とも呼ばれています。たちの悪いタイプほど、人間が発見できる大きさになる前に、がん細胞が血液やリンパ液の流れに乗り、微小な転移が始まっている可能性があるのです。そのため、腫瘍を見つけた段階で標準治療を開始したとしても、たちの悪いタイプはいずれ転移が大きくなることが多いので、がんを完全に制するのは困難になります。麻央さんの乳がんも不運なことに、このような非常にたちの悪いタイプだったのでしょう。

 もちろん、麻央さんが3ヵ月後に受診して、いち早く標準治療を開始していれば、完治できないまでも、より長く生きられた可能性はあります。ですが、早く治療を開始したとしても、がんの成長を止めることができず、結果として同じ頃に亡くなった可能性も十分ありえます。あるいは、早くから積極的な治療に挑んだ結果、体に負担がかかり過ぎてしまい、かえって命が縮む可能性も否定できません。

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 つまり、麻央さんのようなケースでは、どのようなシナリオも考えられるので、「たら」「れば」はあまり意味がないのです。「週刊新潮」の記事が、科学的根拠もないのに患者を食い物にする民間療法に警鐘を鳴らしたことは意義があります。ですが、海老蔵さん側の言い分も聞かずに、麻央さんの治療に関する不明確な個人情報をもとに、「過ちを犯した」と批判するのはフェアではないと感じます。

「週刊新潮」を読んだシカゴ大・中村祐輔教授の指摘

 帰りの飛行機の中で「週刊新潮」を読んだというシカゴ大学医学部の中村祐輔教授もブログで、「攻められるのは、詐欺師のような人たちであって、彼ではないはずだ。そして、もっとも責められるべきは、それを野放しにしているメディアや国ではないのか?」とお書きですが、私もまったくその通りだと思います。

 それに、第三者に言われなくとも、麻央さんご本人や、海老蔵さん、麻耶さんたちご家族こそ、「こうすればもっと生きられたのではないか」と悩み、今も苦しんでいるはずです。それは、がんになった患者や家族の多くが経験することではないでしょうか。

「こうすればもっと生きられたのではないか」と誰よりも悩み、苦しんでいるのは麻央さんやご家族だ ©文藝春秋

 しかし、最新の科学では、がんは早期発見した方が必ずしもいいとは言えないことが分かってきています。早く標準治療を受けたほうが、治癒や延命の確率が上がるかもしれませんが、だとしても100%ではありません。私たちは科学的に非常に不確実な状態の中で、がんの治療に臨まねばならないのが実情なのです。

 ですから、がん患者や家族の方々には、「あのとき早く見つけていれば」とか「ああすればよかったのでは」と、あまり悩まないでほしいのです。それより、主治医から治療のメリットやデメリットについて、エビデンス(科学的根拠)に基づく説明をしっかり受けて、最終的に患者ご本人が「一番いい」と思う治療を選ぶのが、もっとも後悔が少ないはずです。その中には、年齢や体力を考慮して、「積極的な治療は受けず、症状緩和の治療だけにする」という選択肢もあっていいと思います。ぜひ、悔いのないがんとの向き合い方を選んでいただければと願っています。

麻央さんだけでなく、すべての苦しんでいる親子にやさしい社会に

 また、麻央さんに関する報道で強く思うのは、現在も闘病中のがん患者さんがたくさんいるのを忘れてはいけないということです。麻央さんと同じように小さなお子さんを抱えながら、乳がんと闘っているお母さんもこの世には存在します。さらに、彼女のお子さんたちだけでなく、早くに親を亡くしてさびしい思いをしていたり、経済的に困窮している子どもたちもいるはずです。そのような方々の不安や負担を少しでも軽くできるような医療や社会をつくっていくことが大切ではないでしょうか。

 それが、麻央さんが私たちに残した重要なメッセージの一つであるような気がしています。