下町情緒豊かな東京・中延。6月のある日、駅近くの鮮魚店「sakana bacca(以下サカナバッカ)」では、見た目はごく普通の静岡産アジが1尾680円で売られていた。周辺スーパーの千葉産のアジと比べて約6倍の価格だったが、完売した。都内でサカナバッカなど7店舗を運営し、飲食店向けの鮮魚発注サービス「魚ポチ」も手掛けるベンチャー、フーディソンの代表・山本徹さんは理由をこう説明する。
「これまでの水産業界には、『旬』や『お買い得』という言葉ばかりで、このアジがなぜ美味いのか理由を説明する機能がありませんでした。でも、丁寧に価値を伝えて、食べ方も提案すれば適正な価格で買ってくれるお客さんはいる。他業界では当たり前のことをやっているだけです」
2013年4月に起業した山本さんは、まさに他業界から水産業に参入した。大学卒業後、不動産デベロッパーに入社するも1年で退職した山本さんは、先に同じ会社を辞めて老人ホームの販売代理店を立ち上げていた先輩に合流し、取締役に就任。同社は介護医療の人材紹介業にも手を広げ、業績を拡大した。
08年には東証マザーズに上場を果たしたが、山本さんはいつしか「会社の成長についていくことができていない」と焦燥感を抱くようになった。そのモヤモヤを断ち切るために、「もっと幸せになるために生きていこう。より良い未来に向かって主体的に取り組もう」と決意。11年6月に退社してから1年半、起業のテーマを探し歩いた。その際、岩手で知り合ったサンマ漁師の言葉がヒントになった。
「サンマは1キロ10円にしかならなくて、食っていけないというんです。これだけ有名な魚が全く儲かっていないと知って、ビックリしました」
調べてみると、鮮魚の市場は流通主導で消費者ニーズとのギャップが生まれていることや、業界自体をIT化することで生産性を向上させられる可能性に気付いた。そこで「ITを使って効率化し、需要を喚起することで水産業界を変えたい」と思い立った山本さんは会社を設立。1年後、築地市場や産地の鮮魚をスマホで簡単に注文できる「魚(うお)ポチ」をリリースした。翌日の入荷情報とその魚介ならではの特徴を毎日メール配信する「魚ポチ」は飲食店のニーズを捉え、丸3年で登録店舗数は7500を超えた。
鮮魚店サカナバッカも、SNSで入荷情報を発信し、店頭で魚の魅力と食べ方を伝える手法で人気店に。この取り組みに注目した地方自治体から声がかかり、次々とコラボレーションを成功させてきた。
さらに今年から加工と説明を廃して価格を抑えた丸魚専門店「おかしらや」も展開。幅広いニーズに応える水産流通のプラットホームを目指す。
やまもととおる/1978年、埼玉県生まれ。魚の知識はあまりなく、「マグロとサンマぐらいは知っている」という状態で水産業界に参入。起業の際、妻には「魚に詳しくないでしょう」と驚かれたそう。起業から4年、「想像していたより魚は売れる。高齢化で需要はさらに増す」と手応えを口にする。