苦難に耐え、試練に打ち勝ち、大逆転へ至る――日々の仕事に追われる人々にとって、池井戸潤さんの小説がもたらすカタルシスは何物にも代えがたい。話題の新刊『アキラとあきら』(徳間文庫)もまた、池井戸エッセンスが詰まっている。主人公は同じ名前を持つ2人の青年。生まれも育ちも違う2人は同じ銀行の行員として相見(あいまみ)え……と期待が高まるストーリーだが、実は刊行までに紆余曲折があった。
「10年以上前に雑誌に連載していた小説だったんですが、正直、あまり納得してない部分があったので、本にはせず放っておいたものなんです。当時は、これが自分の書く最後の銀行員ものなんだ、という気持ちで書いていたんですが、そのうち『花咲舞が黙ってない』シリーズを始めたし、自分でもどうしたもんかと困っていた作品でした」
あわやお蔵入りの窮地を救ったのは、池井戸さんのもとに届いた一通のメールだった。
「WOWOWの青木泰憲プロデューサーが、連載をどこかで発掘して読んだようで、『胸が熱くなりました』なんて嬉しいメールとともに、ドラマにしたいとオファーをくれた。つまらないものはつまらないとはっきり言うプロデューサーだと知っていたから、彼が言うなら『アキラとあきら』にも良いところがあるんだろうと思い直し、オファーに合わせて本にするための改稿作業を始めたんです」
ところが、手を入れ始めると思いの外の大手術。原稿用紙にして1000枚に迫る分量を削っては足し削っては足し……。
「一から書いた方が早かったような気はしてますね(笑)。それでも発見だったのは、この作品は10年前だったから書けたんだなあということ。主人公たちが体験する少年時代の情景や高校生の青春は、他の作品にはない、僕にしては珍しい描写だと思います。ドラマ化の話があった上での改稿、という経緯がなかったら世に出なかったでしょうね」
青年2人の人生は、あるビッグプロジェクトの場で鮮烈に交差する。幼い時期に遭遇する決定的な出来事、抗えない大人の事情。主人公たちのこれまでが読者に明かされているからこそ感動は深い。
「改稿に時間がかかったので、ドラマの脚本は実は連載時のものをベースにしてあるんです。もしかしたら小説版との違いも楽しんでもらえるかもしれませんね。撮影現場にもお邪魔させてもらいましたが、配役は、普段テレビを見ない僕でも知っている向井理さんと斎藤工さん。文句があるはずないよね(笑)。嬉しかったのは、木下ほうかさんにお会いできたことでしたね。聞けば僕の作品に出るのは5回目なんだそうで。これからもよろしくお願いします(笑)」
いけいどじゅん/1963年岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒業。銀行勤務を経て、98年に『果つる底なき』で江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。2010年『鉄の骨』で吉川英治文学新人賞、11年『下町ロケット』で直木賞を受賞。『オレたちバブル入行組』シリーズ、『空飛ぶタイヤ』、『陸王』など著書多数。
連続ドラマW『アキラとあきら』
7月9日(日)スタート(全9話)[第1話無料放送]
毎週日曜 夜10時よりWOWOWプライムにて放送
出演:向井理、斎藤工ほか
http://www.wowow.co.jp/dramaw/akira/