ウッディにデザインされた部屋で視線を落とし、2、3、4秒……。平田満さんが黙考している。

 映画『安楽死特区』に関するインタビュー中、「人の死に触れて何かを強く感じたご経験はありますか?」――その問いに、平田さんは深く考えを巡らせていた。

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 本作は、在宅医として多くの看取りを経験してきた長尾和宏氏による同名小説を、監督・高橋伴明、脚本・丸山昇一で劇場作品とした。

 舞台は、「安楽死法」が成立した日本。難病を患いながら制度には反対するラッパーの酒匂(毎熊克哉)とパートナーとして彼を支えるジャーナリストの藤岡(大西礼芳)が、制度の実態を伝えようと安楽死が行われる施設への入居を決意する。2人を主人公に、死を望む者、それを見守る家族や医師、それぞれの立場から、選択的な死のあり方や、死は誰のものなのかという問いを突きつける。

 平田さんは、この作品で「池田」という男を演じる。

平田満さん

「末期がんを患う池田は、体を襲う痛みや苦しみをコントロールできず常に苛立っています。献身的に寄り添う妻(筒井真理子)がいるにもかかわらず死を求めるのです。僕はこれまで人生が辛くても死を選ぶ役を演じることはなかったので、死を望むあまり医師を責めたてる激しさと、その理由として実は別の感情を秘めている池田の複雑な心の内を演じるのは難しかった」

 劇中、安楽死は安易に行われるわけではない。安楽死特区内で運営される施設で、複数の医師が審査を重ね、国が定める基準を満たしたと判定された時にはじめて死が施される。

 施設に入所する池田はその手続きを経て、苦しみからの解放――安らかな死を迎えることになる。

「死への描写は、淡々と嘘のないものになったと思います。あの瞬間の僕は、死を迎える者ではなく、ただ物になるエチュードをやった、そういう気分でした」

 映画はエンドロールの後にドキュメンタリー・パートが始まる。安楽死を受けるため実際にスイスに渡った、くらんけ氏と高橋監督の対話である。なぜ死を欲し、なぜ死の直前で止めたのか。死をめぐる虚と実の話から、スクリーンの向こうの世界がそれほど遠くないことに気付かされる。

『安楽死特区』1月23日より新宿ピカデリーほか全国順次公開 ©「安楽死特区」製作委員会

 人の死で何か影響を受けたことはあるか。その問いに、平田さんは数年前に経験した実兄の死を挙げた。

「亡くなる前日、見舞いに行きました。義姉さんや3人の甥っ子で兄を囲んだのですが、そこで甥っ子の1人が“長い間ありがとうございました”と感謝を伝えたのです。後日、義姉さんから聞いた話では、亡くなる前、兄の目から涙がこぼれたそうです。息子の言葉が嬉しかったのか、死を前にした悲しさや悔しさなのか。あるいは、ただ生理現象として涙のようなものがこぼれただけなのか。その理由は僕たちには分かりようもありません。僕が言えることは、どんなに心を交わしてきた家族でも、死を迎える人の気持ちは分からないのではないか、ということです。家族への感謝、無念……いろんな解釈はあるでしょう。でも僕には、涙が流れていた、その事実さえあれば充分です。亡くなっていく人の人生や尊厳、それを想うなら、涙の意味を考えるのではなく、最期をともに過ごした、そのことを大事にしたいのです」

ひらたみつる/1953年、愛知県生まれ。早稲田大学在学時につかこうへいと出会い、数々のつか作品に参加。映画『蒲田行進曲』(82)で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞他、多くの映画賞を受賞。2014年、舞台『海をゆく者』『失望のむこうがわ』で紀伊國屋演劇賞個人賞受賞。

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映画『安楽死特区』
1月23日より新宿ピカデリーほか全国順次公開
https://anrakushitokku.com/

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