《ぜひ劇場で一緒に呼吸してほしいです》
映画『もういちどみつめる』で主演する筒井真理子さんがこの作品に寄せたコメントは、筒井さんへのインタビューを終えてから味わいを増したように思う。
筒井さんが演じるのは、森の中でキャンプ場を営む典子。彼女の前に、少年院を出所した18歳の甥・ユウキ(髙田万作)が現れる。
映画はそこから始まる。叔母と甥、生きづらさを抱える者同士、たよりなく、それでも言葉に頼りながら微かなものを見出そうとしていく。
「台本を読みながら、胸の中が自然に典子で満ちていくような感覚になったことを憶えています。演じる役によっては、なかなか人物が入ってこない、捉えられないことがあるんです。それでも台本を読んで読んで、なぜこの人はいまこう言ったのだろう……とじっと考える。似たタイプの役でも、人の性格はそれぞれに違うから、判で押したような人物にならないよう、その人らしさを把握することを大切にしたいのです。典子のことを自然にイメージできたのは、佐藤慶紀監督の脚本が、実在する人をもとにこの人物を書いたことに理由がありそうです。彼女のせりふは“作品に言わされた”ものではなく、彼女が言いたくて言っている言葉だけでできているように感じました。だから、私の中にすっと入ってきたのだと思います」
あなたのことを教えてください――そう向き合うように、筒井さんは役を理解していくのだという。
「学生の頃はカウンセラーになりたかったんです。だからかもしれませんが、演じる人物の、心の核(コア)にあるもの、その人物の感情を統合するものを確かめたい気持ちがあります。どんなに個性的な役でもそれが掴めれば、現実味のある、嘘のない人物になるような気がしています」
今作では典子とユウキの胸の奥の、言葉にすることの難しい思いを少しずつ理解していくことになる。
典子は人の表情を読み取ることが苦手で、うまくコミュニケーションが取れない。甥のユウキは、自分の前から母親がいなくなってしまった傷だけでなく、父の居る家も社会にも居心地の悪さと息苦しさしか感じていない。そんな世界へ自分から語る言葉など、見つかるわけがない――。
「心に何かを抱えながら常に俯いている、そういうユウキという若者に、真摯にまっすぐ向かう髙田さんの姿はとても良かったですよね。ユウキは、なぜ母親は居なくなってしまったのか、そのことに引きずられながら生きている。叔母さんなら何か知っているんじゃないか、そして、自分も忘れかけている幼い日の記憶を、叔母さんとなら分かち合うことができるかもしれない。その細い糸にすがるような思いで典子の前に現れたのではないでしょうか」
全篇を通して静かな作品である。113分の上映時間は、深い森をさまようような感覚とあわせて、いま“呼吸をしている”と感じる時間にもなろう。
スクリーンを揺らす何色もの緑と、陽が沈み薄闇に包まれていく夜の森で典子とユウキの感情を追ううちに、何かをみつめ、静かに考えることは、深く呼吸することと同義ではないかと気づかされる。
筒井さんの言葉は期せずしてそのような世界へ誘ってくれたかのようである。
つついまりこ/1960年、山梨県出身。82年、早稲田大学在学中に「第三舞台」に所属し初舞台を踏む。その後、映像作品にも参加。映画『淵に立つ』(2016)で複数映画祭の主演女優賞ほか、『よこがお』(19)で芸術選奨映画部門文部科学大臣賞など、様々な受賞歴がある。




