ノンフィクション、評論、インテリジェンス小説と、二刀流、三刀流の使い手として知られる外交ジャーナリストの手嶋龍一氏が古今東西のスパイやスパイ小説家を題材にしたユニークな著書、『汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師』(マガジンハウス)を上梓した。
「ネット検索で様々な情報を容易に取得できるようになり、便利になった一方、虚偽や希薄な情報が氾濫している現在、人間力のあるスパイの素顔を通じて情報の本質とは何か、人間力を駆使して情報を集めることの大切さについて書いてみようと考えました」
本書で手嶋氏はジョン・ル・カレ、ジョン・ビンガム、キム・フィルビー、ゾルゲ……など、時代を大きく動かし、震撼させた人物の複雑な生い立ちと経歴を丹念に追い、その謎めいた人物像を精緻に読み解いている。
本書でも紹介されている『パナマの仕立屋』という作品についてスパイ小説の泰斗、ル・カレはインタビューで「この作品にレッテルを貼るとしたら?」と問われ、「あえて貼るなら、私の作品すべてがエンターテインメントであってくれたら」と答えているが、カテゴライズの難しい本書について手嶋氏はこう語る。
「あえて言うなら評伝風ルポルタージュでしょうか。本書は懐旧的な評伝にならないようウィキリークスのアサンジやスノーデンのような機密情報を漏洩した叛逆者やパナマ文書を盛り込み、古のスパイ達と現代をつなぐ縦の時間軸も意識しました」
本書の白眉は故国イギリスを欺いた二重スパイのキム・フィルビーや第二次世界大戦の情勢を一変させたゾルゲらの驚嘆すべきエピソードが次々と披露されていくところ。
「スパイ史に名を残す彼らに共通するのは、愛されずにはいられない溢れんばかりの人間的魅力。たとえ情報戦が地上からサイバースペースに移っても、価値ある情報を入手しうるのは人間力、それを駆使できるかどうか、これは現代でも変わらない普遍のテーマだと思いますね」
近年、手嶋氏の著書はインテリジェンスに関する物が大きな比重を占めているが、昨今、インテリジェンスという言葉が日本で人口に膾炙するようになったのも氏の功績が大きい。そのインテリジェンスの第一人者は今後の世界情勢をどう読み解くか?
「トランプ大統領の唱える“アメリカ・ファースト”をどう読み解くか、これは一般的な国際政治の文脈では読み解くのは困難で、インテリジェンス感覚が非常に重要。
また、新興の軍事大国中国とどう切り結び、どう連携していくか、これには日本の役割がとても大きい。近くにいてよく見知っている日本には、中国の意図、本音を米国に翻訳して伝えていく責務があると思います」
てしまりゅういち/1949年、北海道生まれ。NHKワシントン特派員として冷戦の終焉に立ち会い、またワシントン支局長として2001年の同時多発テロに遭遇。05年、NHKを退局。著書に小説『ウルトラ・ダラー』『スギハラ・ダラー』など。また、慶應義塾大学教授としてインテリジェンス論を講じる。