ここ数年、「深海ブーム」と呼ぶべき熱気が続いている。
2012年、NHKの取材班が小笠原諸島付近の深海でダイオウイカの撮影に初成功。この様子を放送した「NHKスペシャル」は、16.8%の高視聴率(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録した。そして、「この夏、伝説の“ダイオウイカ”にあう。」とのキャッチコピーを掲げて開催された国立科学博物館の特別展「深海」は、実に60万人もの来場者を集めた。
ダイオウイカだけではない。「何年も絶食している」と話題になったダイオウグソクムシは各地の水族館で人気者となり、「キモかわいい」珍種のメンダコや深海ザメにも注目が集まっている。
その国立博物館で特別展「深海2017~最深研究でせまる“生命”と“地球”~」が開かれている。
監修を手がけた国立科学博物館 動物研究部長の倉持利明博士は、「今回の展示は単なる第2弾ではありません」と断言する。
共同監修者の一人、海洋研究開発機構(JAMSTEC)海洋生物多様性研究分野長の藤倉克則博士が語る。
「前回はダイオウイカという“スター選手”がいて、『深海生物すごい!』という驚きを与えられたのではないかと思います。ただ、深海の魅力は生物だけではありません。JAMSTECでも、生態系の研究者は全体の20%ほど。深海を知ることは、生命起源や地球外生命、地震、資源探査、地球環境を理解することにもつながります。そのための深海研究はどんどん進化しているのです。
深海研究は、アメリカ、ヨーロッパが強いですし、最近ではニュージーランドも力を入れている。アジアでは中国や台湾など、いま各国がしのぎを削っている分野です。今度は『深海研究すごい!』と言ってもらいたいですね」
倉持博士が、2013年の深海ブーム当初を振り返る。
「NHKがダイオウイカの映像を撮ることに成功したので、急遽私たちのチームに参加してもらったんです。ダイオウイカにしても他の深海生物にしても、標本とは違って生きている姿の映像のインパクトはやはり大きかった。これが幅広い層にウケたんでしょうね。ブームの火付け役だったと思います」
今回の展示でも、ダイオウイカやダイオウグソクムシ、ダイダラボッチといった“おなじみ”の深海生物の標本は並んでいる。しかし、中には専門家すら驚く発見成果もあると熱っぽく語る。
「機材が日々進化しているので、どんどん新しい発見があります。例えば、深海にはさまざまな発光生物がいる。最近、人間の肉眼の600倍の感度カメラを使って撮影をしたところ、まったく違った世界が明らかになりました。いままではライトで照らしながら探していましたからね。この超高感度カメラを潜水調査船『しんかい6500』に取り付ければ、ライトを消しても微小な発光現象を撮影できるわけです。
新しい発見ばかりで、私たち専門家からしても『意味がわからない』現象がたくさんある。だから、新しい技術が開発されると、科学的にはわからないことが増えてくるんです。こぢんまりとまとまっていた定説や知見がガラッとひっくり返されてしまう(笑)。
駿河湾で採取された、セキトリイワシの一種も展示しています。おそらく新種と見られ、体長が約140センチメートルと大きいことが特徴です。これまで深海生物の採取ではあまり行われてこなかった、2000メートルよりも深い海での延縄(はえなわ)という漁法で捕獲しました。魚類の新種発見自体には驚きませんが、1メートルを超す大きさの魚が人知らずに日本近海にいたなんてありえない。信じられない話ですよ」