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39歳でアルツハイマーを告知された私が病気をオープンにした理由

39歳でアルツハイマーを告知された私が病気をオープンにした理由

認知症当事者3人のスコットランドの旅 前編

2017/07/17

 39歳で若年性アルツハイマーになった丹野智文さん。告知を受けて4年経ついまも働き続け、休日を利用して自らの経験を語る活動に力を注いでいる。なぜ、丹野さんは認知症を公表しているのかーー。

告知の日、「私の人生は終わった」と思った

丹野智文さん ©文藝春秋

 私は数年前まで、宮城県のネッツトヨタ仙台で営業マンをしていました。自分で言うのも気恥ずかしいのですが、売上げは社内でも常に上位にいたと思います。

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 ところが、ある日いきなりアルツハイマー病の初期と診断されたのです。2013年、私が39歳の時でした。

「なんで、なんで……」

 目の前が真っ暗でした。ネットで認知症のことを調べたら、「何も分からなくなる」「徘徊する」「2年後には寝たきり」といった悪い情報ばかりが目に入ってきます。このとき「私の人生は終わった」と思いました。

 でも、私には妻と娘が2人(中学生と小学生)いました。私と私の家族は、これからどうなるのだろう。不安でいっぱいでした。

 そんな時に出会ったのが「認知症の人と家族の会」(以下、「家族の会」)でした。周りから「大丈夫だよ」と言われても、「お前らにこの気持ちがわかるか」と反発していましたが、同じ認知症当事者と話をすると共感することが多く、安心できました。そしてこの「家族の会」で、私より先に不安を乗り越えた元気な当事者(竹内裕さん)に会ったことで、私は大きく一歩を踏み出すことができたのです。自分もこの人のように周囲を笑顔にできる人になりたい。それには勇気を出して、自分の病気をオープンにすることだと気づきました。

病気を告白し、経験をまとめた著書を上梓

認知症は恥ずかしくない

 それにしても、認知症という病気をオープンにすることに、どうしてこんなに勇気が必要なのでしょうか。

 これまでメディアが伝える認知症は、「暴れる」とか「徘徊する」とかネガティブなものばかりでしたから、認知症になったら何も出来なくなると思われています。そんな誤解と偏見が、私の中にもありました。

 でも実際は、初期だとちょっと記憶が悪いぐらいです。こうした偏見をなくしていくためには、認知症の人が病気をオープンにし、私たちが何を感じ、何を考えているか、自ら発信していくしかありません。なぜなら、認知症のことをいちばん知っているのが私たち自身なのですから。

 その後、2014年10月に、「日本認知症ワーキンググループ」のメンバーとして設立に参加し、2015年には仙台で、認知症本人のための物忘れ相談窓口「おれんじドア」を立ち上げました。そして昨年9月に、イギリス北部のスコットランドを訪問した時、これまでやってきたことは間違っていなかったと確信しました。

 現在、スコットランドは、認知症への取り組みが最も進んでいると言われますが、それは、ジェームズ・マキロップさんという1人の当事者の存在があったからです。

ジェームズ・マキロップさん(右)と/川村雄次氏より提供

 ジェームズさんは59歳(1999年)のときに認知症と診断されました。当時のスコットランドでは、日本と同じように偏見を恐れて当事者は隠れていました。それを1人、2人と声をかけ続けたことで、病気をオープンにする仲間が増えてきたのです。スコットランドで会った当事者にこう言われたのを覚えています。

「自立するための支援は、病気をオープンにすることでできます。偏見をなくすためには、ひとりひとりが病気をオープンにする必要があります。認知症は恥ずかしくない。頭が良くてもなるときはなります。偏見をなくすには、認知症は恥ずかしいものではないと、私たちが言い続ける必要があるのです」